定期的に研修を実施している。研修の場では参加者の目が輝き、よし変えていこうという空気になる。ところが数日もすれば元どおりで、現場は何も変わっていない。研修は意味があるのか、という疑問が社内から出てくる。多くの会社が抱えている状況です。
研修そのものに意味がないわけではありません。忘れないようにする仕掛けと、現場が変わる仕掛けを合わせて設計すれば効果は出ます。問題は、変わった個人が変わっていない構造の中に戻ることにあります。ここでは、起業から26年にわたり国内外の組織に関わってきた森田英一が解説した、研修後に元へ戻る7つの理由と打ち手を整理します。
なぜ研修で変わった人が職場で元に戻るのか
研修の場では、参加者全員が同じ言葉を理解し、同じ気づきを共有し、やってやろうという熱量に満ちています。しかし現場は盛り上がっていません。むしろ、この忙しいときに研修に行っていた、と冷ややかに見られていることもあります。
その冷えた場に、一人だけ熱量を持って戻ることになります。周囲が冷めていると、昨日感じた熱い思いも、学んだスキルも、周りに合わせた方がいいという判断に飲み込まれます。
これは本人の意志が弱いからではありません。個人の意識と組織の空気がぶつかれば、人は組織の空気に合わせます。生き物としての正常な反応であり、環境適応です。
この構造を見落とすと、対処の方向を誤ります。研修の中身をもっと良くしよう、フォローアップの仕組みを作って受講者を追いかけよう。よく取られる手ですが、これだけでは解決しません。
変えるべきは受講者ではなく、受講者が戻る先です。戻る先の構造が同じであれば、何度研修を実施しても結果は同じになります。
個人ではなく「戻る先」を設計する
研修が機能しないときに取られがちな対処と、本来必要な対処を並べると違いがはっきりします。
| 観点 | よくある対処 | 必要な対処 |
|---|---|---|
| 対象 | 受講者個人 | 受講者が戻る職場の構造 |
| 手段 | 研修内容の改善 | 上司の巻き込み、制度の点検 |
| 範囲 | 研修室の中 | 上司と部下、部署、部門間の関係性 |
| 時間軸 | 単発で終わる | 継続とフォローアップを先に設計 |
組織開発では、個人のスキルだけでなく関係性にまで介入します。関係性を変えなければ組織の文化は変わらないからです。研修で個人を強くすれば組織は良くなるという考え方は、幻想です。
そして、組織をよくする要素は一つではありません。仕組み、スキル、志、関係性。この4つがバラバラに動いていると、どれも定着しません。
| 要素 | それだけで進めると |
|---|---|
| 仕組み | 魂が入らず、形だけになる |
| スキル | 学んでも職場に定着しない |
| 志 | 想いはあっても行動に落ちない |
| 関係性 | 空気は和んでも成果につながらない |
日本では、組織開発というノウハウがまだ十分に浸透していません。対話型として関係性だけにフォーカスする会社もあれば、仕組みづくりだけに特化し関係性は扱わない会社もあります。研修会社がスキルアップだけを担うケースもあります。
これらがバラバラに動いていると機能しません。仕組みだけでは魂が入らず、スキルだけでは定着しない。4つをつなぐことができれば、組織は根底から良くなります。研修を点として実施するのではなく、構造の一部として位置づける発想が必要です。
人が元に戻る3つの前提
1つ目が、環境適応です。研修で輝いていた人が職場では借りてきた猫のようになるのは、能力の問題ではありません。同じ人が、環境によって別人のように振る舞うだけです。
2つ目が、合理性です。研修で学んだ理想と、実際に評価される行動が矛盾していれば、人は必ず評価される方を取ります。打算ではなく、合理的な判断です。
3つ目が、過去からの学習です。組織は過去の出来事から学びます。以前も施策が始まったが立ち消えになった、社長が言わなくなった。こうした経験が重なると、どうせ今回も終わると学習します。
研修後に元へ戻る7つの理由
| No | 理由 | 起きること |
|---|---|---|
| 1 | 変わった個人が変わっていない環境に1人で戻る | 組織の空気に合わせて元に戻る |
| 2 | 上司が変わっていないから提案が潰される | 研修への不信感が生まれる |
| 3 | 評価制度が学んだ内容と矛盾している | 評価される行動が選ばれる |
| 4 | 本音が言えない空気が研修室の外にある | 職場では別人のようになる |
| 5 | 学んだことを実行する時間が職場にない | 永久に着手されない |
| 6 | 組織に変わることへの信頼がない | 冷めた目で受け流される |
| 7 | 変わるべきは受講者ではなく経営者と構造 | 戻る場所が変わらない |
理由1 変わった個人が変わっていない環境に1人で戻る
これが最も根本的な構造です。研修に何十人が参加していても、職場に戻れば各自が一人になります。周囲は研修を受けておらず、同じ言葉も共有されていません。
全員が同じ研修を受けられれば理想的です。社員規模がそれほど多くなければ、一斉に変える方が効果は高くなります。ただ、数百人、1,000人規模になると現実的ではありません。
そこで有効なのが、上司と部下をセットで受講させること、あるいは同じ職場から複数名で参加させることです。同じ言語を持つ人が複数いて、上司も理解している。これだけで定着率は大きく変わります。
理由2 上司が変わっていないから提案が潰される
ロジカルシンキング研修で学んだ内容を使おうとしてロジックツリーを持っていくと、「何だこれは、面倒なことをするな」と言われる。こうなると、学んだことは使ってはいけないものになります。
提案も同じです。こういうやり方の方がいいと思います、と伝えたときに「研修に行って生意気になるな」「仕事を増やすな」「まず今の仕事で成果を出してから言え」と返されれば、二度と提案しません。
結果として、研修は研修、仕事は仕事という分断が起こります。さらに悪いのは、研修そのものへの不信感が生まれることです。あれは理想論で現場では使えない、と受け取られます。
そうなると、研修は形だけ受けておけばいいもの、アリバイづくりの場になります。本来はスキルを使って伸びていけるはずなので、非常にもったいない状態です。
理由3 評価制度が学んだ内容と矛盾している
研修では挑戦しろと教え、制度では失敗が大きく減点される。この矛盾があると行動は変わりません。減点主義の運用は、日本企業でよく見られます。
中長期で考えろと教えながら、評価は直近半年の数字だけ、というケースも同じです。人は評価される行動を取ります。褒められ、給与も上がる可能性があるのですから、合理的な選択です。
この矛盾は見落とされやすい一方、影響は大きくなります。研修講師が評価制度まで把握していないケースも多く、理想論だけを語る結果になりがちです。
理由4 本音が言えない空気が研修室の外に存在している
研修の中は心理的安全性が高い場です。外部講師がいて利害関係が薄く、失敗しても評価に響かない。だから本音が出て、率直な対話もできます。
しかし職場は違います。本音を言えば上司に嫌われるかもしれない、周りから浮くかもしれない、評価に響くかもしれない、面倒なやつだと思われるかもしれない。
その結果、研修では本音を話して輝いていた人が、職場では借りてきた猫のようになります。これは個人の問題ではなく、環境に適応した結果です。
裏を返せば、研修で輝いていた以上、その人にはポテンシャルがあります。足りないのは、その姿を許す職場の空気です。
理由5 学んだことを実行する時間が職場にない
部下ともっと対話しよう、コミュニケーションの時間を作ろう。そう決めてアクションプランまで書いても、研修で職場を離れた分だけ業務が溜まっています。
目の前の対応に追われ、余裕ができたらやろうと思っているうちに、その余裕は一向に訪れません。永久に着手されないまま終わります。
多くの研修は、意識が変われば行動が変わると説明します。しかし現実には、行動するための時間が必要です。ここを設計しないと、やる気だけが空回りします。
理由6 組織に変わることへの信頼がない
以前も施策が始まったが戻ってしまった、社長が言っていたことがいつの間にか立ち消えになった。こうした経験があると、組織は学習します。
また何か始まったが、どうせそのうち終わる。熱が冷めるまで待っておこう。この空気のまま研修で新しいことを学んでも、行動は変わりません。
やっかいなのは、これが外部の研修講師には見えにくい点です。表面上は真面目に受講していても、心の奥では「とりあえず受けておけばいい」と冷めています。
変わる努力にはエネルギーが必要です。大変な思いをしたのに評価もされず、面倒なやつだと思われるだけなら、次からは誰もやりません。
理由7 変わるべきは受講者ではなく経営者と構造である
最も本質的な理由です。研修で変わらないのは受講者が悪いからだ、という結論に落ち着きがちですが、実態は違います。
研修会社を創業して以来、何千人もの若手社員、管理職、経営者に研修を届けてきました。研修自体が成功し、受講者の目が輝いても、翌週には戻る。上司に提案して潰される。会議では黙る。この光景を何度も見てきました。
そこで行き着いたのが、若手からではなく経営者から変わり、組織の構造を変え、それによって文化を変えるという順番です。若手を変えても、戻る場所が変わっていなければすぐ元に戻ります。
構造と文化を作っているのは経営者です。経営者の意思決定、日々の言動、優先順位。ここが変わらない限り構造は動きません。研修会社の後に組織開発のコンサルティング会社を立ち上げたのも、この理由からです。
定着させるための打ち手
上司と部下をセットで、または複数名で受講させる
受講者が戻ったとき、最も影響を受けるのは上司です。上司と部下をセットで受けると変わりやすくなります。難しい場合も、同じ職場から複数名が参加する形にします。同じ言語を持つ人が複数いるだけで、定着率は変わります。
上司へのオリエンテーションを設計する
若手向けの研修を実施する前に、上司向けのオリエンテーションを30分から1時間ほど行います。どんな内容を学ぶのか、どんな提案が出てくる可能性があるのか、上司としてどう関わってほしいのかを講師から伝えます。
いまの職場にそのまま当てはまらない提案が出ることもあります。それでもまず否定せず一度聞いてほしい、使えるエッセンスがあれば少しでも取り入れてほしい、と事前に依頼しておきます。提案が受け入れられた経験は、若手の主体性を押し上げます。
事前ではなく事後に実施する方法もあります。研修ではこんな反応だった、こういう温度感で戻るのでよろしく頼みます、と伝えると受け入れ側の準備ができます。冷え切った場所に受講者が一人で乗り込むのではなく、土壌を耕しておく発想です。
研修内容と評価制度の矛盾を点検する
研修で伝える内容と人事制度に矛盾がないかを確認します。これは社内の人だからこそできる作業です。
矛盾があり、それでも研修内容が大事だと判断するなら、制度をどう変えるかを考えます。権限があるなら自分で動き、ないなら経営者に提言します。本気で会社を変えるなら、研修講師として関わるのか、組織開発コンサルタントとして関わるのかという立ち位置の違いも問われます。
職場で本音が出る仕組みを作る
研修の場で本音が出ることは大事ですが、そこで満足してはいけません。職場で本音が出る仕組みをどう作るかを考えます。
会議の設計を変える、1on1を導入する、1on1が業務確認だけになっているなら問いを変える研修を行う。上司が異論を受け止め、聞く姿勢を持てるようにする研修も有効です。心理的安全性の本質を全社員で学ぶ機会を作る方法もあります。
先に余裕を作ってから学ばせる
管理職向けの継続型プログラムでは、前半で余裕の作り方を扱います。どうやって余裕を作るか、何をやめるか、何を権限委譲するか。最近はAIの活用も含めて、先に時間をつくる方法を教えます。
余白を作ったうえで、部下とのコミュニケーションなど、上司にしかできないこと、人間にしかできないことに時間を割く形にします。何をやるかを決めるのと同じくらい、何をやめるかを決めることが重要です。
そして、やめることを本人が決めるだけでは足りません。上司がそれを承認すること、AIの利用を認めること、外部への業務委託を認めること。この許可があって初めて実行できます。
フォローアップを最初から設計し、継続型にする
一度始めたら、結果が出るまで継続します。打ち上げ花火で終わる経験が何度か続くと、組織は「そういうものだ」と学習してしまいます。
逆に、次もフォローされた、その次もやった、という積み重ねがあると、本気なのだと伝わります。うちの会社はやり切る会社だ、という認識が育ちます。単発ではなく継続型にすることが、意識と職場の両方を動かします。
経営者と直接話す
構造を抜本的に変えられるのは経営者です。研修を実施する前に経営者と会い、研修でこういうことを扱うのでこういうメッセージを出してほしい、ここを変えた方がいいと伝えます。エグゼクティブコーチングという形で関わる方法もあります。
研修後に経営者とのミーティングを持つ方法も有効です。受講者はこんな熱い思いを持っていた、経営者には言いにくいこんな本音も出た、と伝えます。
考え方が変わりにくい経営者の場合、社内の人が下から伝えるのは困難です。立場の差があるため、言っても受け止められず、こちらが悪いという話になりがちです。
そのため、社外の人をうまく使う発想が必要です。他社ではこんなことが起きている、こう変わったという事例を重ねていくと、自分に当てはまっていないかと気づくきっかけになります。
関係性に介入する
個人を変えるだけでは戻ってしまいます。上司と部下の関係に手を入れるのが最もパワフルです。部署全員、チーム全員で研修を実施する方法もあります。
部門間の関係が良くないなら、営業部門と製造部門の両方に集まってもらって実施します。研修の対象を個人に限定せず、関係を変えるという意識で設計すると、効果は大きく変わります。
明日から着手する順番
- 次の研修について、受講者が戻る職場の状態を書き出す。
- 上司がどう関わるか、評価制度が何を評価しているかを確認する。
- 研修内容と人事制度に矛盾がないかを点検する。
- 職場から1人ではなく複数名、可能なら上司と部下をセットで参加させる。
- 上司向けオリエンテーションを30分から1時間で設計する。
- 研修後に出てくる提案を否定せず一度聞くことを、上司に事前に依頼する。
- 学んだことを実行する時間をどう確保するかを、研修の前半で扱う。
- やめること、権限委譲すること、AIに任せることを承認する体制を整える。
- フォローアップの回数と期間を、開始前に決めておく。
- 経営者と直接話し、組織の課題と変えたい姿を聞く場を作る。
よくある質問
研修は意味がないのですか?
意味はあります。忘れないようにする仕掛けと現場が変わる仕掛けを設計すれば効果は出ます。研修だけで満足すると機能しません。
研修で学んだことを翌日忘れてしまうのはなぜですか?
職場の空気に合わせるためです。一晩で忘れるのは意志の問題ではなく、変わっていない環境に戻る構造が原因です。
研修後に元に戻る最も根本的な理由は何ですか?
変わった個人が、変わっていない環境に1人で戻るためです。個人の意識と組織の空気がぶつかると、人は空気に合わせます。
全員が同じ研修を受ければ解決しますか?
効果は高くなります。社員規模が小さければ一斉実施が有効ですが、数百人から1,000人規模では現実的ではありません。
誰と一緒に受講させると定着しますか?
上司と部下をセットで受講させることが有効です。難しい場合は同じ職場から複数名で参加させると、定着率が大きく変わります。
上司が変わっていないとどうなりますか?
提案が潰されます。学んだ手法を使おうとしても否定され、研修は研修、仕事は仕事という分断が起こります。
提案が潰されると何が起きますか?
研修への不信感が生まれます。理想論で現場では使えないと受け取られ、以降はアリバイづくりの受講になります。
上司への事前オリエンテーションは必要ですか?
必要です。どんな提案が出るかを先に伝え、否定せず一度聞いてほしいと依頼しておくと、若手の主体性が上がります。
オリエンテーションはどのくらいの時間で行いますか?
30分から1時間です。研修の中身と上司としての関わり方を講師から直接伝える形が有効です。
評価制度との矛盾はなぜ問題なのですか?
人は評価される行動を取るためです。研修の理想と評価の現実が矛盾すれば、必ず評価される方が選ばれます。
挑戦してほしいのに挑戦しないのはなぜですか?
減点主義の制度が原因です。研修で挑戦を促しても、失敗が大きく減点される運用では行動は変わりません。
人事は研修前に何を確認すべきですか?
研修内容と人事制度の矛盾です。社内の人だからこそできる点検で、矛盾があれば制度変更の検討や経営者への提言につなげます。
研修中は発言できるのに職場で黙るのはなぜですか?
心理的安全性の差です。研修は利害関係が薄く評価にも響きませんが、職場では嫌われる、浮く、評価に響くという懸念が働きます。
職場で本音が出るようにするにはどうしますか?
仕組みを変えます。会議の設計を変える、1on1の問いを変える、上司が異論を受け止める研修を行うなどが有効です。
学んだことを実行する時間がない場合はどうしますか?
先に余裕を作ります。何をやめるか、何を権限委譲するか、AIに任せるかを決めてから、学んだ行動に着手します。
継続型研修は何から始めるべきですか?
余裕の作り方からです。管理職向けの半年間のプログラムでは、前半で時間をつくる方法を扱ってから本題に入ります。
「どうせ打ち上げ花火」と思われるのはなぜですか?
過去の立ち消えを学習しているためです。始まっても終わった経験が重なると、熱が冷めるまで待つ姿勢が定着します。
立ち消えを防ぐにはどうすればよいですか?
フォローアップを最初に設計します。結果が出るまで継続する積み重ねが、やり切る会社だという認識を育てます。
研修講師が経営者と話す意味は何ですか?
構造を変えられるのが経営者だからです。研修前後に組織の課題と変えたい姿を聞き、受講者の本音を伝えると効果が変わります。
個人を強くすれば組織は良くなりますか?
個人のスキルを高めるだけでは十分ではありません。関係性を変えなければ組織の文化は変わらないため、組織開発では関係性にまで介入します。
まとめ
- 研修の効果が消えるのは受講者の問題ではなく、変わった個人が変わっていない構造に戻るからです。
- 7つの理由は、1人で戻る、上司が変わらない、評価制度と矛盾、本音が言えない、時間がない、変化への信頼がない、経営者と構造が変わらない、です。
- 上司と部下をセットで受講させ、30分から1時間の上司向けオリエンテーションを設計すると定着が進みます。
- 学んだ行動に着手させるには、先に何をやめるか、何を任せるかを決めて余裕を作ります。
- 仕組み・スキル・志・関係性の4つをつなぐことで、組織は根底から良くなります。
まずは次の研修について、受講者が戻る職場の状態を書き出すところから始めてください。
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