ジョブ型雇用を導入すれば、年功序列の問題も、評価の曖昧さも、人件費の重さも解決できる。そんな期待から制度設計に着手したものの、新卒採用はどうするのか、異動はどう扱うのか、職務記述書は誰が書き換え続けるのかという疑問が次々に出てくる。結局、名前だけジョブ型で中身は今までと同じ、という状態に落ち着いてしまう会社は少なくありません。
この行き詰まりは、制度設計の担当者の力量不足ではありません。日本の雇用慣行とジョブ型の思想がそもそも噛み合っていないという、構造の問題です。国内外1,000社以上の組織に関わってきた森田英一が、ジョブ型とメンバーシップ型の違い、日本で起きるミスマッチ、そしてこれからの組織デザインを解説します。
ジョブ型が万能に見える理由—現象のメカニズム
日本でジョブ型への関心が高まった背景には、経営側の事情があります。メンバーシップ型は年功序列的に給料が上がり続ける構造を持っていました。ジョブ型では、仕事が変わらなければ給料は上がりません。
この仕組みは、人件費を抑える方向に働きます。同時に、本当に成果を出すプロ人材には高い報酬を払えます。たとえばAIを活用できる人材に高い給与を出す一方、通常業務に従事する層の昇給は抑えるという運用が可能になります。
職種ごとの市場価格に合わせて給与を変えやすいという利点もあります。国全体の議論と経営の意向が重なり、今この仕組みが注目されています。
問題は、ジョブ型に対する期待が大きくなりすぎていることです。これを入れればすべての人事課題が解決するという幻想が生まれています。
しかしジョブ型はあくまで仕組みです。その背景にある思想を理解しないまま形だけ導入しても、使いこなせません。仕事という箱に人を当てはめ、箱がなくなれば人も離れるという考え方が前提にあるからです。
そして世界に目を向けると、状況は異なります。ジョブ型の問題点と限界が見えてきており、むしろジョブ型から離れる動きが起きています。日本の議論は、その点で周回遅れになっています。
働き手にとっての利点と難点も、十分には共有されていません。優秀な人はポジションも給与も上がる可能性がある一方、そうでない場合は給与が長く据え置かれることになります。
日本では解雇にはなりにくいものの、給与が上がらないという形で影響が出ます。制度が変わる前に、この点を知っておく価値があります。
ジョブ型とメンバーシップ型の違い
両者の違いは、採用から育成、異動、給与まで一貫しています。まず全体像を整理します。
| 観点 | ジョブ型 | メンバーシップ型 |
|---|---|---|
| 基本の考え方 | 仕事という箱に人を当てはめる | 人を採用し、活かし方を後から考える |
| 人材像 | プロ集団。その仕事ができる人を採る | ジェネラリスト集団。育てて一人前にする |
| 採用 | 経験とスキルで採用。新卒枠はない | ポテンシャルで新卒を一括採用する |
| 育成 | スキルアップは個人の責任 | 会社が育成の仕組みを持つ |
| 異動 | 原則なし。同じ職務を続ける | 部署異動があり、幅広い経験を積む |
| 給与 | 職務に価格がつく。同じ仕事なら同じ給与 | スキルや年次の上昇に応じて上がる |
ジョブ型では、その職務ができる人を採用します。仕事がなくなれば雇用も終わるという考え方が基本です。スキルを高めるのは個人の責任であり、学生時代のインターンや経験を自分で積み、中途人材と同じポジションを争います。
メンバーシップ型では、人を採用してからどう活かすかを考えます。営業志望でも経理に配属され、その後に工場へ異動するということが起こります。本人の希望と一致しない場合もありますが、幅広い経験ができるという点では働き手にとって大きな利点です。
給与の考え方も正反対です。ジョブ型では、20歳が担当しても60歳が担当しても、同じ仕事なら同じ給与になります。同一労働同一賃金の考え方であり、同じ仕事なのに雇用形態で給与が違う状態は、国際的には人権の問題として扱われます。
ジョブ型はプロ集団、メンバーシップ型は素人集団という言い方もできます。後者は良い意味でのジェネラリストであり、いろいろな経験ができる形です。
海外では、学生時代のインターンや実績を自分で作らなければ、中途人材と同じ土俵に立てません。新卒という保護された入口がないためです。
背景にある前提—日本の慣行と海外の最新動向
日本には、雇用を守ることや新卒を育てることを良しとする文化があります。これはジョブ型の思想とは別の系統に立つものです。
海外には新卒採用枠というものがありません。大学で文学を学んだ人がIT企業のプログラマーとして採用され、入社後に育てられるという形は、日本特有のものです。海外では、学位や専門を取得した人が、その職務に就くために採用されます。
一方で、海外のトレンドも変化しています。市場環境が短期間で変わる中、仕事が変わるたびに職務記述書を書き換えて契約し直す運用は成り立たなくなってきました。
そこで、ジョブをあえて曖昧にする方向へ進んでいます。ミッショングレードや役割グレードといった考え方で、もう少し幅を持たせた定義にする。工場で働く人のように職務が明確な場合は細かく書きますが、デスクワーク中心の職種は大きく括るという形です。
評価の考え方も変わってきました。達成率で評価する方式に対して、Googleのように、達成できるか分からない挑戦を設定し、そこへ挑んだかどうかで評価するOKRのような仕組みを取り入れる企業が出ています。
つまり、日本が曖昧なものを明確にしようとしている一方で、世界は明確なものを緩める方向へ動いています。この時間差を知らないまま導入すると、時代と逆行した設計になりかねません。
駐在員の扱いにも違いが表れます。海外では20年、30年その道を歩んできたプロが相手になるため、初めてその仕事を担う人が行くと厳しい評価を受けます。
だからこそ、メンバーシップ型を続けるならプロ人材を育てる仕組みへの投資が欠かせません。ジョブ型を入れる意味の一つも、プロ人材を育てるという点にあります。
ジョブ型が日本で噛み合わない6つのポイント
日本の慣行とジョブ型の間で起きるミスマッチを、6つに整理します。
| ポイント | ジョブ型の前提 | 日本で起きること |
|---|---|---|
| 1 新卒一括採用 | その職務ができる人を採る | スキルのない新卒を採用できなくなる |
| 2 解雇と契約 | 職務がなくなれば雇用も終わる | 解雇規制と契約の形が合わない |
| 3 部署異動 | 同じ職務を続ける | ジョブローテーションが成立しない |
| 4 育成文化 | スキルアップは個人の責任 | 会社が育てる仕組みと噛み合わない |
| 5 運用負荷 | 職務の変更は契約の変更 | 書き換えと昇給交渉が都度発生する |
| 6 挑戦の量 | 定義された職務を遂行する | イノベーションが起きにくくなる |
1 新卒一括採用と噛み合わない
ジョブ型は、この職務ができる人を採用する仕組みです。スキルのない新卒を前提にしていません。
新卒でも担当できる職務はありますが、数は限られます。本格的にジョブ型へ移行すれば、新卒の多くが就職できないという事態になります。
日本では、プログラミング未経験の文系学生がIT企業のプログラマーとして採用されることがあります。ポテンシャルで採用し、入社後に育てるという前提があるからです。この形は海外ではまず成立しません。
海外では、中途人材と同じポジションを新卒が争います。自分はこれができると示せなければ、入口にすら立てません。そのぶん個人の側の負荷は大きくなります。
2 解雇規制と雇用契約が合わない
ジョブ型の基本は、その職務に対して採用し、職務がなくなれば雇用も終わるという考え方です。
海外では、雇用契約の段階でこの内容に署名して入社します。だからこそ、その運用が可能になります。
日本ではそうした契約を結んでいません。解雇規制もあるため、職務がなくなった場合は、他にできる仕事があればそちらを担ってもらうことが求められます。制度の入り口が違う以上、同じ運用にはなりません。
制度の一部だけを移植すると、中途半端な形になります。入口の契約が変わらない限り、運用は従来のままになるためです。
3 部署異動が成立しなくなる
ジョブ型では、その職務ができるから配属されます。したがって、本人の適性や希望と関係のない異動は起こりません。
日本では、営業志望の人が経理に配属され、数年後に工場へ異動するということが実際に起きます。経験のない仕事に就くことも珍しくありません。
これはジョブ型ではあり得ない運用です。一方で、幅広い経験を積めるという点は働き手にとって大きな価値でもあります。どちらを取るのかという選択になります。
どちらが優れているかという話ではありません。何を優先するのかという選択の問題として捉えてください。
4 育成文化と噛み合わない
ジョブ型では、スキルアップは個人の責任です。会社が時間と費用をかけて育てるという発想は、一般的ではありません。
日本では、新入社員研修に3か月、半年、1年という時間をかける会社があります。この話を海外ですると、そこまで投資するのかと驚かれます。
本来であれば大学や専門学校が担う部分を、企業が担っている構造です。この仕組みを持ったままジョブ型を入れると、育成の位置づけが宙に浮きます。
育成の仕組みは、短期間では作れません。すでに持っているものを手放す判断は、慎重に行う必要があります。
5 運用負荷が跳ね上がる
ジョブ型では、職務記述書に書かれていない仕事を頼むと、給与を上げてほしいという話になります。これは制度として当然の反応です。
日本では、一段上、二段上の仕事を取りにいくことが成長だという価値観がありました。シンガポールで同じことを頼むと、ではその分の給与を払ってほしいと返ってきます。
管理職の立場で考えると、新しい仕事を任せるたびに職務記述書を書き換え、給与を見直し、契約を更新することになります。その覚悟と体制があるかどうかが問われます。
これまでは、これをやってくれないかという依頼で仕事が動いてきました。その柔軟性が失われる点も、計算に入れておく必要があります。
6 イノベーションが起きにくくなる
職務が明確に区切られると、そこに書かれていないことはやらないという行動が生まれます。組織へのコミットメントよりも、言われたことをやればよいという意識が強くなります。
海外では、ゴミを捨てておいてと頼むと、それは自分の職務記述書に書かれていないと返ってくることがあります。役割がきっちり区切られている分、融通は利きません。
日本の強みは、この逆にありました。言われたこと以上のことを、ほぼ全社員が求められ、それに応えてきた。世界的に見ても稀な形です。この強みを手放すかどうかは、慎重に判断する必要があります。
定型的な業務が続く職種であれば、この点はあまり問題になりません。市場環境の変化が速い領域ほど、影響が大きく出ます。
解決策・打ち手
ジョブ型は魔法の杖ではありません。良い点も悪い点もあることを踏まえたうえで、6つの打ち手を整理します。
職務記述書の明確化だけを取り入れる
ジョブ型のすべてを導入しなくても、取り入れる価値がある部分はあります。その一つが、職務記述書を明確にすることです。
あなたの仕事は何をどこまで担うのかを明確に記述する。これまで曖昧だったものがクリアになれば、ここを頑張れば評価されると分かり、力を入れやすくなります。
明確にすること自体は、ジョブ型を導入しなくても実行できます。曖昧さの解消と制度の変更は、別の話として切り分けてください。
一部の職種に限定して導入する
全社一斉にジョブ型を入れるのは、規模を問わずリスクが大きくなります。ハレーションが起き、さまざまな問題が表面化します。
導入するなら、専門性の高い部署や職種に限定します。IT部門や研究開発のように、正社員の枠組みだけでは技術が追いつかない、今の給与制度では採用できないという領域が候補になります。
試した結果を見てから広げる方が、修正も効きます。総務や営業、管理系のようなジェネラリスト的な職種をどう扱うかも、あわせて設計します。
役割等級から始める
等級制度には、職能等級、職務等級、そしてその中間にあたる役割等級があります。ジョブ型はこのうち職務等級にあたります。
いきなり職務等級へ移るのではなく、役割等級を活かすという進め方があります。このミッションでこうした役割を担うから、この給与という形で設計します。
実際に自社でも役割等級型を採用しています。ジョブ型は柔軟性に欠け、メンバーシップ型では自動的に上がっていく形になるため、その中間が現状の日本には合う会社が多いと考えています。
ジョブ型が流行する以前から、年功的な職能等級から脱却したい会社が役割等級を採用してきました。現在の日本の状況に合う会社は多くあります。
ハイブリッド型で組み合わせる
職種によって形を変えるという設計もあります。プロ人材が必要な領域は業務委託やジョブ型にし、それ以外はメンバーシップ型で運用する形です。
プロの領域は職務を明確にし、業務委託か職務等級かを選ぶ。ジェネラリストとして雇用を守りながら複数の職種を渡り歩く層は、別のコースとして設計する。中小企業ほど、この二本立てを機動的に作れます。
業務委託やフリーランスとして働く人も増えています。正社員と業務委託を組み合わせた形で組織を設計するという発想も、選択肢に入れてください。
評価制度を成果と貢献で作り直す
メンバーシップ型では、評価が曖昧でも運用が成り立ってきました。年功的に給与が上がり、雇用が守られていたためです。
ジョブ型や業務委託の比率が上がると、この曖昧さは通用しません。プロ人材には市場価格があり、それに見合う報酬を払う必要があります。評価の軸を成果と貢献ベースに変えることが、日本企業の大きな課題です。
曖昧な評価のままプロ人材を迎えても、納得感は生まれません。制度を変えるなら、評価の設計を同時に進める必要があります。
AIを前提に役割を再定義する
もう一つが、AIを組織設計に組み込むことです。生産性向上のツールとして使うだけでなく、ビジネスモデルや働き方そのものが変わる前提で考えます。
AIは分析や予測、たたき台の作成を得意とします。その部分は任せ、人間は判断や意思決定、人と人とのコミュニケーション、クリエイティビティに時間を割きます。
洗濯機が普及して手作業の時間から解放されたように、機械が得意な領域は機械に任せ、人はより人間らしい仕事に向かうという発想です。この観点で業務を棚卸しし、役割を再定義してください。
明日から着手する順番
- 自社が抱えている課題を書き出し、それが本当に雇用形態の問題かを確認します。
- 新卒採用、部署異動、育成の仕組みのうち、残したいものを明確にします。
- 専門性が高く、現在の給与制度では採用が難しい職種を洗い出します。
- その職種だけを対象に、職務記述書を作成します。
- 職能等級、職務等級、役割等級のどれが自社に合うかを検討します。
- 評価の軸を成果と貢献で再設計し、プロ人材の市場価格を確認します。
- 業務を棚卸しし、AIに任せる領域と人が担う領域を分けます。
- 一部の部署で試し、ハレーションの有無を見てから範囲を広げます。
よくある質問
ジョブ型雇用とは何ですか?
職務に人を当てはめる仕組みです。その職務ができる人を採用し、職務がなくなれば雇用も終わるという考え方が基本になります。
メンバーシップ型とは何ですか?
人を採用してから活かし方を考える仕組みです。新卒をポテンシャルで採用し、育成と異動を通じてジェネラリストを育てます。
なぜ日本でジョブ型が広がっているのですか?
経営側の事情があります。年功的な昇給を抑えつつ、プロ人材には高く払える設計であることと、政策的な後押しが重なっています。
海外ではどうなっていますか?
逆の動きが起きています。職務の定義を緩め、ミッショングレードや役割グレードで幅を持たせる方向へ変わってきています。
ジョブ型にすると人件費は下がりますか?
コントロールはしやすくなります。ただし企業の競争力が強くなるかは別で、イノベーションが起きる仕掛けが別途必要になります。
ジョブ型と新卒採用は両立しますか?
難しくなります。新卒でも担当できる職務は限られるため、本格的に移行すると新卒の採用枠自体が減っていきます。
ジョブ型なら解雇できるのですか?
日本ではできません。海外は雇用契約の段階でその条件に署名していますが、日本は契約の形が異なり解雇規制もあります。
ジョブ型だと部署異動はどうなりますか?
原則なくなります。その職務ができるから配属されるため、経験のない部署へ本人の意思と関係なく異動する運用は成立しません。
ジョブ型の運用負荷はどの程度ですか?
都度発生します。職務記述書にない仕事を頼むたびに書き換えと給与の見直し、契約更新が必要になります。
なぜジョブ型ではイノベーションが起きにくいのですか?
職務の外をやらなくなるからです。書かれていないことは対象外という行動が定着し、新しい挑戦が生まれにくくなります。
OKRとは何ですか?
挑戦を評価する仕組みです。達成できるか分からない目標を設定し、そこへ挑んだかどうかを見るという考え方が特徴です。
メンバーシップ型の強みは何ですか?
育成と異動です。新卒を一人前に育てる仕組みと、複数部署を経験させる運用は、世界的に見ても特徴的な仕組みです。
部署異動にはどんな利点がありますか?
視点が広がります。他部署の立場を理解できるため、個人の中の多様性が育ち、部門間の連携も取りやすくなります。
駐在員の考え方はどう違いますか?
目的が違います。日本は育成目的も含めて派遣しますが、海外では国内にいないプロ人材を高い報酬で招くのが駐在です。
同一労働同一賃金とはどう関係しますか?
ジョブ型の前提です。同じ仕事なら同じ給与という考え方であり、雇用形態で差がつく状態は国際的には問題視されます。
自営型とは何ですか?
第三の選択肢です。同志社大学の太田先生が提唱しており、個人として独立し業務委託で働く形を指します。
何から導入すればよいですか?
一部の職種からです。IT部門や研究開発など専門性が高く、現在の制度では採用が難しい領域に限定して始めます。
役割等級とは何ですか?
職能等級と職務等級の中間です。このミッションでこの役割を担うから、この給与という形で設計する仕組みです。
AIは組織設計にどう組み込みますか?
役割の再定義に使います。分析や予測、たたき台の作成はAIに任せ、判断や対人業務、創造的な仕事に人を割り当てます。
働き手は何を意識すべきですか?
自分でスキルを磨くことです。ジョブ型や自営型が広がるほど、会社任せではなく自分のキャリアを自分で握る必要があります。
まとめ
- ジョブ型がうまくいかない原因は担当者ではなく、日本の雇用慣行と思想が噛み合っていない構造にあります。
- 噛み合わないポイントは6つで、新卒採用、解雇と契約、部署異動、育成文化、運用負荷、挑戦の量です。
- 海外はジョブを緩める方向に動いており、日本は明確化へ向かうという時間差があります。
- メンバーシップ型の育成と異動の仕組みは、世界的に見ても価値のある資産です。
- 打ち手は、職務記述書の明確化、一部職種への限定導入、役割等級の活用、ハイブリッド設計、評価の作り直し、AIを前提とした役割の再定義です。
まずは自社の課題を書き出し、それが本当に雇用形態を変えなければ解決しない問題なのかを確認するところから始めてください。
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