なぜこの人が管理職なのか。なぜこの人がこのポジションにいるのか。組織の中でそう感じる人事は少なくありません。実績を上げた人を引き上げたはずなのに、そのチームだけ離職が増え、メンバーの表情が曇っていく。経営の側から見ていても、何が起きているのかが分からないまま時間が過ぎていきます。
この食い違いは、選んだ人の目が節穴だったわけではありません。上から下は見えにくく、経営者の主観には必ず偏りがあるという、情報の構造の問題です。起業から26年、国内外1,000社以上の組織に関わってきた森田英一が、360度評価を育成と人選にどう活かすかを解説します。
人選のミスはなぜ起きるのか—現象のメカニズム
昇格の判断で最も使われるのは業績です。貢献してくれた人に、貢献へのリターンとして昇格を用意する。この考え方自体は自然なものです。
ただし、業績を上げることと、上司として機能することはまったく別の要素です。ここが混同されると、人選はずれていきます。
実際、優秀なプレイヤーほど任せるのが苦手だったり、成長が遅い部下に寄り添えなかったりします。自分でやった方が早いと考えるためです。管理職の仕事は任せることであり、寄り添うことであるため、そこで噛み合わなくなります。
そしてこの状態は、上の立場からは見えません。見えるのは業績と、上の人とのコミュニケーションのスムーズさだけです。その2つで昇格が決まってしまうことがあります。
人は、上の人には良い顔をします。素が出るのは下に対してです。その人の人間性も、良いところも悪いところも、最もよく見えているのは部下です。日々関わり、過去の上司とも比べながら、実は見定めています。
もう一つの偏りが、経営者は自分と似たタイプを評価しやすいという点です。しかし、勢いのある経営者の下には、同じタイプより支えるタイプがいた方が組織は機能します。このバランスの良さも、下から見た方がよく分かります。
下から見ると、この上司は偏っている、自分にはあまり関心がなさそうだ、あの人のことは気に入っているといったことがよく見えます。隠そうとしても、日々の関わりの中で伝わります。
つまり、上から下を評価する形には構造的な盲点があります。まずこの前提を認めることが出発点になります。
ジョハリの窓—最も重要なのは「盲点の窓」
360度評価がなぜ効くのかは、ジョハリの窓という心理学の枠組みで説明できます。自分が知っているかどうかと、他人が知っているかどうかで4つに分かれます。
| 領域 | 状態 | 扱い方 |
|---|---|---|
| 開放の窓 | 自分も他人も知っている | すでに共有されている |
| 秘密の窓 | 自分は知っているが他人は知らない | 本人が開示するかどうかの領域 |
| 未知の窓 | 自分も他人も知らない | 現時点では扱いようがない |
| 盲点の窓 | 自分は気づかず、他人からは見えている | ここを自覚することが最重要 |
自分の考えや思いを最もよく知っているのは自分です。しかし、他者への影響力は自分では分かりません。自分が周囲にどう見えていて、どんな影響を与えているかは、外からしか観測できないためです。
リーダーシップは他者への影響力です。したがって、盲点の窓を自覚することがリーダーシップ開発で最も重要になります。
典型的なずれがあります。スピード感を持って進めるスタイルが自分には合っていても、部下からは、あまり考えずに進んで説明してくれないと受け取られていることがあります。業績を上げて給料を上げれば全員が喜ぶと考えていても、給料より一体感を持って話し合いながら進めたい人もいます。
丁寧に手取り足取り教えて、時間も思いもかけているから好かれているはずだと考えていても、周囲からは押し付けられていると感じられ、やる気を削がれていることもあります。よかれと思っていることが逆効果になっている状態です。
自分にも人に言えない部分があるという点は、誰にとっても同じです。扱うべきなのは、本人が気づかないまま周囲に影響を与えている領域です。
背景にある前提—評価に使うか、育成に使うか
360度評価は多面評価とも呼ばれ、同僚や部下が上司を評価し、そのデータを参考にする仕組みです。使い方によって結果が大きく変わります。
育成に使うと非常に強く働きます。人が大きく変わり、通常の研修と比べて効果は10倍ほどになります。
一方で、使い方を誤ると効果がないどころか逆効果になります。あの部下が低い評価をつけたはずだ、あのコメントを書いたのは誰だ、という空気が生まれ、職場がぎくしゃくします。
そのため、直接的な評価に使うことはおすすめしていません。まず育成のきっかけとして使い、それによって変わる人と変わらない人を見る。変わらない、あるいは変わりたくない人については、管理職としての適性がないという判断材料にします。
適性を見るという観点も重要です。万能なリーダーは存在せず、この人には響くがあの人には響かないということが必ず起きます。人の意見を聞いて自分をアップデートできるかどうかは、リーダーの重要な条件です。
実体験もあります。20年ほど前、社員が230人ほどの時期に全社員から回答をもらう形で導入しました。1回目は自分が最も高い点数で、幹部に向かって頑張れよと言えるほどでした。
そこで半年ごとに実施することにし、本音で書いてほしい、忖度は不要だと熱く伝えました。すると2回目は点数が下がりました。優しくない、もっと社員の話を聞いてほしい、強引に決めすぎだという指摘が並びました。むかつきもしましたが、それに気づけたことが成長の起爆剤になりました。
同じ結果を受け取っても、変わる人と変わらない人がいます。まずきっかけとして使い、その反応を見るという順番で運用してください。
自身の結果は、今でも見返すことがあります。よかれと思っていたことが相手には違って届いていたという事実は、何度でも立ち返る材料になります。
育成に活かす7つのステップ
効果を出すには順番があります。7つのステップに整理します。
| ステップ | やること | 外すとどうなるか |
|---|---|---|
| 1 リーダー像の言語化 | 会社として求める管理職像を定義する | 何を測るのかが曖昧になる |
| 2 項目への落とし込み | リーダー像とバリューを設問にする | 自社に必要のないデータが集まる |
| 3 オリエンテーション | 目的と位置づけを事前に共有する | 忖度だらけの回答になる |
| 4 実施 | 匿名で回答を集める | 本音が出ない |
| 5 フィードバックセッション | 研修として内省の場を設計する | 返却するだけで終わり効果が出ない |
| 6 行動計画と宣言 | 変える行動を決め、メンバーに伝える | 忙しさに紛れて何も変わらない |
| 7 半年後・1年後の再実施 | 目標スコアを決めて再測定する | 熱量が冷めて元に戻る |
ステップ1 理想のリーダー像を言語化する
最初にやるべきは、会社として管理職にどうあってほしいかを言葉にすることです。理想のマネージャー像、理想の経営者像を定義します。
ここが曖昧なまま実施すると、何を基準に見ているのかが分からないデータになります。回答する側も、何を評価すればよいのかが定まりません。
定義がなければ、回答する側も何を基準に答えればよいのか判断できません。基準を先に共有することが前提になります。
ステップ2 項目に落とし込む
定義したリーダー像を、そのまま設問に落とし込みます。自社が求める要素が項目として並んでいる状態を作ります。
ミッション・ビジョン・バリューがある場合は、バリューや行動指針、行動規範がどれだけ実践できているかも項目に加えます。制度と理念がつながり、日々の行動として測れるようになります。
理念と日々の行動がつながると、掲げた価値観が実践として測れるようになります。理念が言葉だけで終わることも防げます。
ステップ3 オリエンテーションを行う
実施前に、何のために行うのか、何を目的としているのか、どういう位置づけなのかを説明します。だから本音で答えてほしい、と伝えるところまでが一連です。
この説明を省くと、回答は忖度だらけになります。厳しいことを書いて後で人間関係が悪くなったら困る、と考えて無難な内容に落ち着くためです。
匿名性が守られること、データは育成と本人の気づきに使われることが伝わって初めて、本音が出てきます。
この説明を省いていきなり実施すると、結果は忖度だらけになります。データの質は、実施前の説明で決まります。
ステップ4 実施する
匿名で回答を集めます。ただし、1回目から完全な本音が集まるとは限りません。多くの場合、初回は様子見になります。
本当に何に使うのかを見極めようとするため、当たり障りのない回答が増えます。これは想定内の現象として捉えてください。
回答する側が安全だと理解するまでには時間がかかります。初回の結果だけで人を判断しないでください。
ステップ5 フィードバックセッションを設計する
ここが最大の分かれ目です。レポートを本人に返すだけ、あるいは上司から結果を伝えるだけという運用では、ほとんど効果が出ません。
実施すべきは研修としてのフィードバックセッションです。結果をどう受け止め、どう見て、どう活用するのかをオリエンテーションし、その前に自己評価のワークを行います。
先に自己評価をしてから他者評価を見ると、ここまで違ったのか、分かっていなかったと気づく瞬間が生まれます。この設計があることで、部下のせいにせず、自分の行動や言動が何を引き起こしていたのかという内省が進みます。
さらに、同じ立場の人同士で対話する場を設けます。課長なら課長同士でアドバイスし合い、質問し合う。よかれと思っていたことが、あるタイプには響き、別のタイプには逆効果になるという実感は、こうした対話でしか得られません。
耳の痛いことを言われれば、むかつきもし、寂しくも悲しくもなります。感情が揺れ動くからこそ人は変われるため、その揺れを避けない設計にします。
ステップ6 行動計画を立てて宣言する
セッションの最後に、行動計画を立ててもらいます。どの指摘を受けて、自分はどうしたいのかを決める作業です。
ここで重要になるのが、回答してくれたメンバーを集めて宣言することです。多くの人は、恥ずかしいのでこっそり少しずつ変えようとしますが、それでは忙しさに紛れて何も変わりません。
研修を受けて結果を見た、正直むかついたところもあったが、一晩考えて自分の行動が届いていなかったと反省した、これからこう変えていきたいので応援してほしい。こう伝えると、回答した側も受け止めてもらえたと感じます。
最初は白けた反応が返ることもあります。それでも行動が変わっていけば信頼は戻ります。急に意見を聞き始めると不自然に見えますが、背景が共有されていれば応援しようという空気が生まれます。
会社が求めるリーダー像とは別に、自分はこうなりたいという内発的な目標を持つことも重要です。この1年でこういうリーダーになるという意思が、変化のオーナーシップを生みます。
ステップ7 半年後・1年後に再実施する
もう一つの要点が、半年後や1年後にもう一度実施することです。次があると分かっていると、行動を続ける理由になります。
その際、どの項目のスコアを自分は上げるのかというコミットメントラインを決めてもらいます。目標が明確であるほど、取り組みは具体的になります。
実際にスコアが上がった、頑張ったが変わらなかった、そもそも頑張れなかった。結果が可視化されるからこそ、次に向けた意欲が生まれます。1回で終わらせると、熱量は冷めていきます。
頑張ろうと思います、で終わってしまうと熱量は冷めます。次の測定があるという見通しが、取り組みを続ける力になります。
解決策・打ち手
逆効果を避け、組織の力に変えるための打ち手を6つ整理します。
人気取りにならない設計にする
最も避けたいのが、高い点数をつけてもらうために部下に媚びる状態です。厳しいことを言わなくなれば、組織としては逆効果になります。
これを防ぐには、結果を直接の評価や処遇に直結させないことです。育成と適性の把握が目的だと明示し、その運用を守ることが前提になります。
評価や処遇に直結させない運用を、経営側が明言することが前提です。言葉だけでなく、実際の運用で守られているかどうかを見られています。
犯人探しをさせない
あのコメントは誰が書いたのか、という空気が生まれた時点で、次からは誰も本音を書かなくなります。職場の関係も悪化します。
匿名性を徹底し、内容を特定しようとする言動を許さないことが必要です。運営側がこの姿勢を示すことで、回答する側の安全が確保されます。
回答する側は、この結果が何に使われるのかを見ています。使い方が信頼できると分かって初めて、踏み込んだ内容が書かれるようになります。
小さく試してから広げる
いきなり全社で実施する必要はありません。まずは管理職以上で試す、経営陣だけで実施する、特定の部署だけで行うという形が現実的です。
そのうえで、年に1回程度の頻度で継続します。上の立場の人が変わっていく姿が見えると、言ってもよいのだ、受け止めてもらえるのだという認識が広がり、2回目、3回目と本音が集まるようになります。
上の立場の人から始めると、下の層にも安心感が伝わります。経営陣が自分から受けている状態を作ることが、最も分かりやすいメッセージになります。
すべての指摘に応えようとしない
回答には、相反する内容が並びます。もっと話を聞いてほしいという人もいれば、その強みを活かしてもっと進めてほしいという人もいます。
全部を受け入れて全員に好かれる必要はありません。こう感じる人もいるのだと知ったうえで、自分はここで行くと決める。足りない部分は別のメンバーに支えてもらうという判断が、チームでの運営につながります。
すべてを一人で抱え込もうとすると、本人が消耗します。ここは注意してください。
結果を家族やパートナーにも見せる
受け取った結果を、家族やパートナーに見せて感想を聞くという方法があります。会社で起きていることと、私生活でのふるまいをつなげる効果があります。
部下は分かっていないと感じていたことについて、パートナーから、よく見ているし、あなたのことをよく分かっていると言われることがあります。そこから内省が始まります。
経営ツールとしても使う
育成だけでなく、経営の判断材料としても機能します。上から見えていた人物像と、多面的な結果から見える人物像が違うことがあるためです。
仕事が遅いと思っていた人が、実は部下の面倒をよく見て慕われているという側面が見えてきます。上からは見えなかった良い面を拾えることが、この仕組みの価値です。欧米企業ではほとんどの会社が導入しており、上司の視点だけでは限界があることは広く認識されています。
結果は、人選の判断だけでなく配置の設計にも使えます。誰にどの役割を担ってもらうかを考えるうえで、多面的な情報は判断の精度を上げます。
明日から着手する順番
- 自社が管理職に求める理想の姿を、言葉にして書き出します。
- バリューや行動指針のうち、行動として測れる項目を選びます。
- 言語化した内容を設問に落とし込み、質問票を作ります。
- 対象範囲を決めます。まずは管理職以上、または一部の部署に限定します。
- 実施前にオリエンテーションを行い、目的と匿名性を説明します。
- 実施後のフィードバックセッションを、研修として日程に組み込みます。
- セッションの最後に行動計画を立て、メンバーへの宣言の場を設けます。
- 半年後または1年後の再実施を、あらかじめ決めておきます。
よくある質問
360度評価とは何ですか?
多面評価とも呼ばれる仕組みです。上司だけでなく同僚や部下からも回答を集め、データとして本人や組織が活用します。
なぜ上司だけの評価では不十分なのですか?
盲点があるからです。人は上の人には良い顔をするため、人間性や日常の姿が最もよく見えているのは部下になります。
経営者の評価はなぜ偏るのですか?
自分と似たタイプを高く評価しやすいからです。組織に必要な人材と、経営者が好むタイプは一致するとは限りません。
優秀なプレイヤーが管理職に向かないのはなぜですか?
任せるのが苦手だからです。自分でやった方が早いと考えるため、寄り添うことや任せることという管理職の仕事と噛み合いません。
評価と育成のどちらに使うべきですか?
育成です。直接の評価に使うより、育成のきっかけとして使い、変われるかどうかで適性を見る方が効果的です。
どれくらい効果がありますか?
通常の研修の10倍ほどです。ただし使い方を誤ると効果がないどころか、職場がぎくしゃくする逆効果になります。
ジョハリの窓とは何ですか?
4つの領域に分ける枠組みです。開放の窓、秘密の窓、未知の窓、盲点の窓に分かれ、自己認識の整理に使われます。
盲点の窓とは何ですか?
自分は気づかず、他人からは見えている領域です。リーダーシップは他者への影響力であるため、ここの自覚が最も重要になります。
21の悪い癖とは何ですか?
コーチのマーシャル・ゴールドスミス氏が提唱した癖の一覧です。優秀な人ほど陥りやすい行動パターンが整理されています。
どんな癖が多いですか?
一言価値を付け加えようとする癖です。部下の案に対してもっとこうした方がよいと返すことが、意欲を削いでいる場合があります。
逆効果になるのはどんな場合ですか?
犯人探しが起きる場合です。誰が低くつけたのかという空気が生まれると、次から本音が出なくなり関係も悪化します。
レポートを返すだけでは不十分ですか?
不十分です。結果を渡すだけ、上司が伝えるだけという運用では、行動が変わるところまで到達しません。
フィードバックセッションでは何をしますか?
自己評価を先に行います。そのうえで他者評価を見てギャップに気づき、内省が進むように設計された研修として実施します。
なぜ同じ立場の人同士で話すのですか?
実感が生まれるからです。上司から言われても響かない内容が、同じ立場の人との対話では自分ごととして受け取れます。
設問には何を入れますか?
2種類です。会社が定義した理想のリーダー像と、バリューや行動指針がどれだけ実践できているかを項目にします。
行動計画はどう作りますか?
指摘を受けて自分がどうしたいかを決めます。そのうえで、次回どの項目のスコアを上げるかという目標も設定します。
なぜメンバーへの宣言が必要なのですか?
こっそり変えようとすると続かないからです。宣言があると回答者も受け止められたと感じ、変化を応援する空気が生まれます。
再実施の頻度はどれくらいですか?
半年から1年です。次があると分かることで行動が続き、スコアの変化が可視化されて次の意欲につながります。
1回目から本音は集まりますか?
集まりにくいです。初回は様子見になるため、オリエンテーションを行い、2回目、3回目と継続することで本音が出てきます。
指摘の内容が矛盾していたらどうしますか?
すべてに応えなくて構いません。こう感じる人もいると知ったうえで方針を決め、足りない部分はメンバーに支えてもらいます。
まとめ
- 人選のずれは見る目の問題ではなく、上から下が見えにくいという情報の構造から生まれます。
- 最も重要なのは盲点の窓で、他者への影響力は自分では観測できません。
- 直接の評価ではなく育成に使うと、通常の研修の10倍ほどの効果が生まれます。
- 進め方は7ステップで、リーダー像の言語化から再実施までを一連で設計します。
- レポートの返却だけでは効果が出ず、フィードバックセッションと宣言、再実施が要になります。
まずは自社が管理職に求める理想の姿を言葉にして書き出すところから始めてください。
動画特典
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