よかれと思って社員に声をかけているのに、なぜか響かない。「期待しているよ」「みんなで頑張ろう」と伝えても、優秀な社員ほど冷めた顔をして、気づけば辞めていく。経営者としては前向きな言葉のつもりが、社員には逆効果になっている。こうしたすれ違いに心当たりのある経営者は少なくありません。
問題は、経営者の人柄や熱意そのものではなく、無自覚に使っている言葉と、その言葉に投資や具体性が伴わない構造にあります。前向きな言葉ほど副作用があり、繰り返すほど優秀な人のやる気を削ぎます。優秀な人ほど選択肢が多く、見切りも早いため、無自覚な口癖が離職につながります。しかも経営者はこれらを善意で使っているため、自分では気づけません。本記事では、独立から26年間で国内外1,000社以上の組織に関わってきた森田英一が語る、残念な経営者がやりがちな無自覚な口癖5選と、そこから脱却する打ち手を解説します。
よかれと思った言葉が逆効果になるメカニズム
経営者が使う前向きな言葉は、それ自体は悪い言葉ではありません。しかし多用すると副作用が出ます。「期待しているよ」も一度なら励みになりますが、投資や具体性を伴わずに繰り返されると、「安く使い倒そうとしているのか」という受け取られ方に変わります。作用があれば副作用があるのです。
この副作用は、経営者研修で口癖の話をすると多くの人の顔がこわばることからも分かります。「あれも自分がやっている」と気づくのです。前向きな言葉ほど、無自覚に使い続けると社員の受け取り方が反転します。言葉そのものを禁じるのではなく、副作用を理解したうえで、投資や具体性とセットで使うことが求められます。
特に優秀な人はこうした言葉に敏感です。期待という言葉に見合う役割・権限・報酬がセットで示されないと、やる気を失います。優秀な人ほど他に選択肢が多く、見切りも早いため、無自覚な口癖がそのまま離職の引き金になります。原因は経営者個人の資質ではなく、言葉に投資や具体性を伴わせない構造にあります。
厄介なのは、経営者がこれらを「よかれと思って」使っている点です。嫌われると自覚があればまだ手を打てますが、自覚がないままドヤ顔で使っていると、社員は疲弊していきます。経営者研修でこの話をすると、多くの経営者が「自分のことかもしれない」と顔がこわばります。自分が無自覚に社員のやる気を削いでいないかを見つめることが、脱却の第一歩になります。
言葉と投資のセットというフレーム
これらの口癖に共通するのは、言葉に投資や具体性が伴っていないことです。前向きな言葉は、それ単体では社員のやる気を引き出しません。言葉と、それを裏づける役割・権限・報酬・環境がセットになって初めて機能します。両者の違いを整理します。
| 状態 | 内容 |
|---|---|
| 言葉だけ | 「期待している」「みんなで」だけで投資が伴わない |
| 言葉+投資 | 役割・権限・報酬・環境をセットで示す |
言葉だけの状態は、社員に「安く使い倒されている」と受け取られ、優秀な人ほど離れます。言葉に投資を伴わせると、「本気で自分に投資してくれている」というメッセージになります。経営者が自分の口癖を、投資を伴うものに変えられるかどうかが分かれ道です。
背景にある経営者の心理と前提
これらの口癖の背景には、経営者が「よかれと思って言っている」という前提があります。前向きな言葉を投げれば社員は喜ぶはずだ、という善意です。しかし社員一人ひとりは自分を見てほしいと思っており、便利な言葉でまとめられると疎外感を持ちます。
もう一つの前提が、経営者は耳の痛いフィードバックをもらいにくいという構造です。部下は忖度して本音を言わず、経営者同士も遠慮し合います。その結果、自分の言葉がどう受け取られているかに気づけません。完璧な人間はおらず、経営者にも改善すべき点は必ずあります。自分を見つめる機会を持てるかどうかが分かれ道になります。
これらの口癖の共通点は、経営者にとって「便利な言葉」であることです。期待している、みんなで、信じてくれ、成長できる環境だ、といった言葉は、深く考えずに使えてしまいます。だからこそ多用され、無自覚に副作用を生みます。自分が便利な言葉に逃げていないかを問い直すことが、残念な経営者から脱却する出発点になります。
残念な経営者の無自覚な口癖5選
社員から見て残念に映る、経営者が無自覚に使いがちな口癖が5つあります。まず一覧で確認してください。
| 口癖 | 問題点 |
|---|---|
| 1. 期待しているよ | 言葉だけで役割・権限・報酬が伴わない |
| 2. みんなで頑張ろう | 主語が「みんな」で個別の称賛がない |
| 3. じゃあお前やれ | 提案した人が損をする言ったもの負けを生む |
| 4. 俺を信じてくれ | 論理的説明を省き感情的な納得を強要する |
| 5. 成長できる環境だよ | 環境未整備を正当化し経営者の怠慢になる |
期待しているよという言葉だけで報いない
入社したての頃に「期待しているよ」と言うのは良いのですが、これが続くと「いつ報いてくれるのか」と思われます。優秀な人ほど、期待するなら役割や権限、責任をくれた方がやりやすいと考え、それに見合う報酬もセットで欲しいと感じます。期待に応えた時のリターンや、次にどんな役割・ポジションで活躍してほしいかを具体的に話さないと、残念な経営者になります。
「期待しているよ」を連発されると、「まだ期待に見合っていないんだな」という裏返しのメッセージにも受け取られます。すると、その期待は何なのか、応えるためにどんなサポートをしてくれるのか、どんなステージを用意してくれるのかが気になります。この言葉自体は悪くありませんが、多用には副作用があることを理解して使う必要があります。
言うのであれば、セットで伝えるべきことがあります。足りないリソースや欲しい権限、情報、予算をサポートするというメッセージです。「あなたに投資する」という姿勢が伝わると、期待が本物だと感じられます。投資せずに「期待しているよ、頑張れよ」だけでは虫がいいと思われます。強みを示し、いつまでにどんな成果を出してほしいかを具体的にすることで、本気の期待が伝わります。
みんなを主語にして語る
「みんなで頑張ろう」「みんなの成果だ」はチームの一体感を高める意味では大切です。しかし100の成果を出した人と20や5の人を一律に「みんな」で扱うと、優秀なプレイヤータイプはやる気を失います。全体への感謝は大事ですが、個別の称賛も意識すべきです。1対1で伝えることも、全員の前で「このプロジェクトが成功したのは誰々さんの貢献があったから」と個別のメッセージを伝えることも有効です。
社員が多いと、個別にピックアップするとえこひいきに見えるかもしれないと遠慮し、全員をまとめて扱いがちです。しかし人は一人ひとり自分を見てほしいものです。スポットライトが当たる軸は成果だけでなく、成長やチームワークへの貢献など複数持っておくと組織がうまく回ります。成果だけで評価する組織にすると、育成が後回しになり、チームビルディングに力を割く人が馬鹿らしくなります。それぞれの個性と強みを見て、きちんと伝えていくことが経営者の役割の一つです。
言ったもの負けを生む「じゃあお前やれ」
優秀な人が「これは問題だ」と提案してきた時に、解決策を出させ、「じゃあお前やれ」と丸投げするパターンです。優秀な人は会社を良くしたいという思いで提案しますが、これをやると成果を出す以外のエクストラの仕事が増え、給料は同じままです。提案して会社を良くしたい人ほど損をする構造になると、言わなくなるか、水面下で転職活動を始めます。
この構造を防ぐには、実行するなら役割・権限・予算をセットで与えることです。成果を出すよりも実行の方が会社として価値があると考えるなら、それが大事な仕事だと位置づけ、既存の成果目標への配慮もします。実行の貢献を成果と同等かそれ以上に認め、変革のキーパーソンに任命する。そうすれば「言ってよかった」と感じ、これからも貢献しようと思えます。「どうしたらいいと思う」と聞いて「じゃあお前やれ」と返す口癖が、言ったもの負けの構造を生んでいるのです。
感情的な納得を強要する「俺を信じてくれ」
新規事業などで「なぜやるのか」と問われた時に「俺を信じてくれ」「情熱だ」と返すパターンです。論理的な説明ができない時の逃げとして出やすく、部下はそれを感じ取ります。一度でもうまくいかないと、その後は信じてもらえません。データやロジック、リスクとリターンのバランスで示すべきで、苦手なら得意な人を右腕につける方法もあります。
経営者の直感が優れている場合もあります。しかし「俺を信じてくれ」に逃げると、思いがあれば何でもできるというギャンブラーのように見えてしまいます。最近はAIに経営シミュレーションや事業計画を出させることもできます。社員に言われるとむかつくことも、AIが「ずっと赤字」と示すと冷静になれます。ただしAIは一般的な結果しか出さないため、自分がここを変えればうまくいくという勝算があるなら、それを言語化して示す必要があります。感覚を言語化できれば、それが会社の再現性ある強みになります。
たとえば東京都内でわらび餅屋をやる事業計画をAIに出させると、ずっと赤字という結果が出ることがあります。それを見て「店舗ではなくキッチンカーならどうか」「SNSでバズらせたらどうか」と別のやり方を考えられます。AIが示す一般的な結果を踏まえつつ、経営者としての勘で「こうすればうまくいく」という点を言語化すれば、感覚だけのギャンブルにならず、再現性のある戦略に昇華できます。
今の不備を肯定する「成長できる環境だよ」
ルールや商品・サービスが未整備なベンチャーで、自分が作る側に回れるのは確かに成長機会です。しかし「成長できる環境だよ」という言葉が、経営者がサボるきっかけになるケースがあります。環境整備は経営者の仕事であり、少しずつでも整えていく意思がないまま、この言葉でごまかすと、社員には経営者の怠慢の正当化に見えてしまいます。
特に優秀な社員ほど、できるだけ最速で成果を上げたいと考えます。IT環境や社内ルール、ワークフローが整っていないと、パフォーマンスを存分に発揮できません。大企業からベンチャーに転職してきた人が、成果を上げるつもりが雑用に追われ、「これをやるために転職したんだっけ」と感じることもあります。カオスな立ち上げ期でも、経営者の仕事はメンバーが能力を発揮できる環境を整えることです。「成長できる環境だよ」という言葉で逃げないことが大切です。
無自覚な残念経営者から脱却する打ち手
無自覚な口癖に気づき、脱却するための打ち手を紹介します。共通するのは、自分の言葉がどう受け取られているかを可視化することです。部下は言ってくれず、経営者は自分では気づけないため、可視化の仕組みが不可欠になります。
組織総合診断で社員の生の声を可視化する
社員の本音は経営者に届きにくいものです。従業員意識サーベイである組織総合診断で、社員が組織や経営者をどう思っているか、エンゲージメントのレベル、カルチャー、理想の組織像を調査します。結果を経営者に報告すると、多くの経営者はショックを受けます。「いい感じで回っていると思っていたのにこんな問題があった」「若手は元気だが管理職が元気ない」といった実態が数値で見えてきます。
アンケートに加えてインタビューで生の声を聞くと、自分の感覚と違う実態が浮かび上がります。日本全体の平均と比べてどうか、ポジティブな意見が多いかネガティブな意見が多いかも見えます。経営者への評価にネガティブな意見が多ければ、そこから経営者研修や360度サーベイに進む流れになります。経営者は影響力が大きく、どんな背中を見せるかで会社が変わるため、生のデータで自分を振り返ることに価値があります。
360度サーベイで自己評価とのギャップを知る
360度サーベイは、上司に対して部下から匿名でアンケートを取り、リーダーシップや論理的な説明力、チームビルディング、人間力などを評価する手法です。自己評価と他者評価のギャップが見え、強みと変えてほしい点が浮かび上がります。匿名で取らないと本音が出ないため、完全匿名で実施します。森田自身も20年以上、部下から360度サーベイを取り、幹部と共有してフィードバックし合っています。
森田が始めた当初は、部下が忖度して5段階評価で「5・5・5」ばかりでした。しかし「本当に会社を良くしたいから、ダメなところは言ってほしい」と伝え続けると、1回目・2回目・3回目とどんどん点数が下がっていきました。言っても大丈夫だとストッパーが外れたのです。きつい内容もありましたが、幹部を集めて結果を共有しフィードバックをもらうことが、経営者として次のステージに進む大きな節目になりました。よかれと思ってやったことが人によって違う受け取られ方をすると実感できたのです。
経営者同士も本音でぶつかる
経営者は耳の痛いフィードバックをもらいにくく、それが成長を止めます。経営者同士も違う部署だからと遠慮し合いがちですが、本来は同じビジョンを目指す共同チームです。そのために言いたいことを言い合う方が健全です。経営者研修で、タイプの違う経営者同士が互いの強みを認め合うようになると、会社が変わっていきます。
上の立場になるほど自分を見つめ、学びを止めないことが大切です。時代も変わり続けており、誰しも思い込みや囚われを持っています。だからこそチームで仕事をする意味があります。完璧な人間はおらず、経営者にも改善すべき点は必ずあります。経営者が自分のダメなところを見つめて変えようとする背中を見せると、メンバーも「自分も頑張ろう」「変わらなきゃ」と動き出します。この流れを作るために、自分の残念な点を見つめる機会を持つことが重要です。
明日から着手する順番
- 自分が5つの口癖を無自覚に使っていないか点検する。「期待しているよ」「みんなで」「じゃあお前やれ」「俺を信じてくれ」「成長できる環境だよ」を振り返り、便利な言葉に逃げていないかを確認します。
- 組織総合診断で社員の生の声を可視化する。経営者やカルチャーへの評価、エンゲージメント、理想の組織像を匿名で調査し、日本全体の平均と比べます。
- 360度サーベイで自己評価と他者評価のギャップを知る。完全匿名で部下や同僚からリーダーシップや説明力、人間力の評価を集めます。
- 「期待しているよ」を言うなら役割・権限・報酬・期限をセットで示す。強みを踏まえた個別の称賛や具体的な成果目標を伝えます。
- 「俺を信じてくれ」に逃げず、データやロジック、AIの活用で言語化する。感覚を再現性のある会社の強みに変えていきます。
よくある質問
残念な経営者の無自覚な口癖はいくつありますか
5つあります。期待しているよ、みんなで頑張ろう、じゃあお前やれ、俺を信じてくれ、成長できる環境だよ、が該当します。
よかれと思った言葉がなぜ逆効果になるのですか
投資や具体性が伴わないからです。前向きな言葉も多用すると副作用が出て、優秀な人のやる気を削いでしまいます。
優秀な人ほど無自覚な口癖に敏感なのはなぜですか
選択肢が多く見切りが早いからです。他に選択肢があるため、割に合わないと感じると早めに離職を選びます。
「期待しているよ」の何が問題ですか
言葉だけで報いない点です。役割・権限・報酬が伴わないと、安く使い倒そうとしていると受け取られます。
「期待しているよ」はどう言い換えますか
役割・報酬とセットで伝えます。強みを示し、いつまでにどんな成果を出してほしいかを具体的に伝えます。
「みんなで頑張ろう」の何が問題ですか
個別の称賛がない点です。100の成果の人と20や5の人を一律に扱うと、優秀なプレイヤーがやる気を失います。
個別の称賛はどう行いますか
1対1と全員の前の両方です。全員の前で具体的な貢献を名指しで伝えると、本人の意欲が高まります。
評価軸は成果だけでよいですか
複数軸が必要です。成果だけで評価すると育成やチームビルディングに力を割く人が馬鹿らしくなります。
「じゃあお前やれ」はなぜ問題ですか
言ったもの負けを生むからです。提案した人に仕事が増え給料は同じで、会社を良くしたい人ほど損をします。
提案を丸投げされた人はどうなりますか
言わなくなるか辞めます。提案が損になると発言をやめるか、水面下で転職活動を始めてしまいます。
言ったもの負けを防ぐにはどうしますか
役割・権限・予算をセットにします。実行の価値を認め、成果と同等以上に評価し、キーパーソンに任命します。
「俺を信じてくれ」はなぜ残念ですか
論理的説明の逃げだからです。感情的な納得を強要する言葉で、一度失敗すると次から信じてもらえません。
経営者の直感は使ってよいですか
言語化すれば有効です。感覚をデータやロジック、AIで言語化すると、再現性のある会社の強みになります。
AIは経営判断に使えますか
使えます。事業計画やシミュレーションをAIに出させると、一般的な結果を踏まえて冷静に判断できます。
「成長できる環境だよ」の何が問題ですか
怠慢の正当化になる点です。環境整備は経営者の仕事で、整えないままこの言葉で逃げると社員が疲弊します。
環境が未整備でも許される時期はありますか
立ち上げ当初はあります。ただし少しずつ整える意思と実行がないと、優秀な社員ほど疲弊して離れていきます。
社員の本音はどう把握しますか
組織総合診断が有効です。匿名で経営者やカルチャーへの評価、エンゲージメントを調査し数値で可視化します。
360度サーベイとは何ですか
部下から匿名で上司を評価する手法です。リーダーシップや説明力などを測り、自己評価とのギャップを知れます。
360度サーベイは経営者にも有効ですか
有効です。森田自身も20年以上実施し、自己評価と他者評価のギャップが成長の節目になったと述べています。
経営者研修は何から始めますか
組織総合診断からが有効です。課題が見えると経営者研修の必要性が共有され、意識のアップデートにつながります。
まとめ
- 残念な経営者の無自覚な口癖は、期待しているよ・みんなで頑張ろう・じゃあお前やれ・俺を信じてくれ・成長できる環境だよの5つです。
- 原因は経営者個人の資質でなく、前向きな言葉に投資や具体性を伴わせない構造にあります。
- 優秀な人ほど言葉に敏感で見切りが早く、無自覚な口癖がそのまま離職につながります。
- 脱却には、組織総合診断と360度サーベイで自分の言葉がどう受け取られているかを可視化することが有効です。
- 経営者も耳の痛いフィードバックを受け、自分の残念な点を見つめ続ける背中が、社員の変化を生みます。
- 前向きな言葉は投資とセットで初めて機能し、役割・権限・報酬・環境を伴わせることが脱却の鍵になります。
人事の立場からは経営者研修の同意を得にくいこともあるため、まずは組織総合診断から始めると、課題が見えて経営者研修の必要性が共有されます。まずは自分が5つの口癖を無自覚に使っていないかを点検することから始めてください。
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