「給料を上げたのに、社員のやる気が続かない」「優秀で成長意欲の高い人からどんどん辞めていく」「辞めはしないけれど、やる気のないまま残っている社員が増えている」。経営者や人事担当の方なら、こうした悩みに心当たりがあるのではないでしょうか。給料はもちろん大切ですが、お金でモチベーションを維持しようとすると、必ず無理が生じます。
この問題の原因は、社員個人の能力や意欲の欠如ではなく、「エンゲージメント」という概念を理解し、測定し、手を打つ仕組みが会社にないことにあります。給料によるモチベーション向上は3か月ほどしか持ちません。エンゲージメントを高めれば業績が上がることは科学的にも証明されており、本記事では25年間・1,000社以上の組織開発を支援してきた森田英一の解説をもとに、その本質と高め方をまとめます。
現象のメカニズム:なぜお金だけではやる気が続かないのか
給料によるモチベーション向上は3か月ほどしか持たないと言われます。人はすぐに慣れ、「もっと欲しい」となるため、お金だけで従業員のやる気を維持しようとすると無理が生じます。ここで理解すべきなのが、モチベーションと似て非なる「エンゲージメント」という概念です。
エンゲージメントは、会社の方向性やビジョンに共感し、その目標に向けて自発的に貢献しようとする意欲を指します。婚約指輪(エンゲージメントリング)のように、会社と社員が同じ方向を向いて一緒に歩んでいこうとする気持ちです。会社や仲間への思い入れ、当事者意識も含まれます。これは世界の常識であり、エンゲージメントを高めれば業績が上がるというファクトが出ています。
エンゲージメントには2種類あります。ひとつはワークエンゲージメントで、仕事そのものに対する働きがいです。もうひとつは従業員エンゲージメントで、仕事内容だけでなく会社の仲間・方向性・経営陣への共感や思い入れを含む、より大きな概念です。この2つのレベルを理解しておくと、施策が整理しやすくなります。
混同されやすい3つの概念との違い
エンゲージメントは、似た概念とよく誤解されます。全体像を整理すると次のとおりです。
| 概念 | 意味 | 落とし穴 |
|---|---|---|
| モチベーション | その人の中にあるやる気・意欲 | やる気が高くても方向性や優先順位がずれていれば業績につながらない |
| 従業員満足度 | 働きやすさ・楽さなどへの満足の度合い | 3か月ほどで当たり前になり、投資対効果がどんどん悪くなる |
| ロイヤリティ(忠誠) | 会社への忠誠心。昭和的な発想 | 会社が強く社員が従う、受け身の関係になりやすい |
| エンゲージメント | 会社と社員が同じ方向を向き自発的に貢献する意欲 | 下からじわじわ湧いてくるもので、業績につながるファクトがある |
モチベーションはやる気があっても方向性がずれることがあり、高ければ業績につながるわけではありません。従業員満足度は不満を満足のレベルに引き上げるには効きますが、それ以上は麻痺してキリがなくなります。ロイヤリティは会社が強く社員が受け身になりがちです。こうした限界を踏まえて生まれたのがエンゲージメントであり、コミットメント(会社が与えたものにコミットさせる)とも異なり、内発的な動機をどう高めるかが鍵になります。
従業員エンゲージメントを高める5つの要素
エンゲージメントを高める要素は、5つに整理されます。まず全体像を一覧で示します。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 1. ワークエンゲージメント | 仕事そのものが自分のやりたいこととマッチし、貢献できている感覚があるか |
| 2. 会社への信頼 | 経営陣・会社の方向性・戦略に共感し、信頼できるか |
| 3. 人間関係 | 安心感のある人間関係。耳の痛いことも言える心理的安全性があるか |
| 4. 評価・報酬 | 正当でフェアな評価・報酬に納得感があるか |
| 5. 今と将来の成長機会 | 今も成長でき、将来のキャリアや報酬のイメージが湧くか |
1. ワークエンゲージメント
仕事そのものに対する働きがいです。この仕事が大好き、この仕事がやりたくてこの会社に入った、という状態を指します。たとえば動画編集が大好きで寝る間も惜しんで没頭してしまう、といった状態はワークエンゲージメントが高いといえます。自分がやりたいこととマッチし、貢献できている感覚があるかが重要です。
2. 会社への信頼
経営陣が信頼できるか、会社のミッション・ビジョン・バリューやパーパス、中長期計画といった方向性に共感できるかです。ただの夢物語ではなく、戦略に落ちていて「これなら行けそうだ」と思えることがポイントです。会社への信頼、経営陣への信頼、その方向性への信頼の3つが含まれます。
3. 人間関係
仕事を辞める一番の理由は人間関係です。安心感のある人間関係が重要で、ここでは心理的安全性が鍵になります。心理的安全性は「何でも言っていい仲良し関係」と誤解されがちですが、実際は耳の痛いことも言える、上司に「それ違うのでは」と言える、ミスも言いやすくみんなでサポートする、といった状態を指します。自分の個性が活かされていることも重要な要素です。
4. 評価・報酬
正当でフェアな評価・報酬です。フェアさには2種類あり、ひとつは転職したら得られる給料と同じくらいを社内でもらえているかという市場的なフェアさ、もうひとつは社内の同僚と比べてどうかというフェアさです。両方に納得感があれば、この問題は本人の中で重要ではなくなります。
5. 今と将来の成長機会
特に成長意欲の高い若い人にとって重要です。今も成長の機会があるか、将来も夢があるか、あのポジションに行けるかもしれない、給料が何年後にこれくらいになるかもしれない、とイメージが湧くかどうかです。過去の先輩のキャリアパスから「自分も頑張ればそうなれる」と思えることが大切です。
この5つの重要度は会社によって、そして人によって異なります。大企業では会社への信頼・人間関係のスコアが高いケースが多く、ベンチャー企業では仕事へのマッチ度・評価・報酬・成長機会が重視される傾向があります。社員が求めていることに手を打たなければ、エンゲージメントは上がりません。
エンゲージメントを上げるメリット
エンゲージメントが高い社員は、床にゴミが落ちていたら拾って捨て、さらに高い人は捨てないよう張り紙をするなど、言われなくても自分の頭で考えて工夫します。この自発的な貢献意欲が業績につながります。一般的にエンゲージメントが高い職場は、次のような効果が示されています。
| 指標 | エンゲージメントが高い職場の傾向 |
|---|---|
| 売上 | 約20%高い |
| 生産性 | 約17%高い |
| 顧客評価 | 約10%高い |
| 離職率 | 約41%低い |
背景にある前提:日本のエンゲージメントは世界最低レベル
エンゲージメントスコアを見ると、日本は世界の中でかなり低く、先進国では最低レベルです。ギャラップ社の2024年のデータでは、仕事への熱意や職場への貢献意欲を持つ社員の割合は、日本は6%しかいません。世界平均は23%であり、日本は大きく下回っています。
日本人は真面目ですが、それは責任感によるもので、主体的な貢献意欲がどこまであるかは別の話です。他の国の人は嫌なら会社をすぐ辞めますが、日本は嫌でも辞めずに残る傾向があります。主体的な貢献力は低いが残っているというケースが多いのです。横浜国立大学の教員と協力し、シンガポールの日系企業・ローカル企業・欧米企業のエンゲージメントスコアを比較した調査でも、日系企業が最も低いという結果が出ています。
解決策・打ち手
まず調査で現状を可視化する
他社の成功事例をそのまま真似るのではなく、まず自社の社員が何を求めているか、何がエンゲージメントを下げている要因かを分析します。給与なのか、評価なのか、成長機会なのか、人間関係なのか。複合要素であるため、要因を紐解いて自社の課題を特定することが最初のステップです。指標のひとつに、身の回りの人に自分の会社を勧めるかを問うeNPS(従業員NPS)があります。本音が出やすく、日本企業ではマイナスになるケースが多く見られます。
データを開示して共通の物差しを持つ
会社の経営はパフォーマンスマネジメントとピープルマネジメントに分かれます。業績は数値で見えますが、ピープルマネジメントはふわっとしがちです。ここにエンゲージメントという物差しを入れ、「今うちの会社はここが課題だ」「他社と比べて良い」といった共通認識を持つことで、地に足のついた議論ができるようになります。悪いスコアも伸びしろとして開示する勇気が重要です。
3つのレイヤーで自分ごと化する
エンゲージメント向上は3つのレイヤーに整理します。経営陣が取り組むべき課題、部署ごとに管理職中心で取り組むテーマ、社員が中心で取り組むテーマです。会社全体は良くてもある部署だけ低い場合は管理職のマネジメントスタイルが影響していることが多く、職場の雰囲気の問題は社員が主体で取り組みます。翌年またサーベイを取り「上がった」「効果がなかった」と分かると、エンゲージメントが自分ごとになっていきます。
対話のワークショップで本音を引き出す
経営陣にはサーベイ結果を受けて認識を改めてもらうコーチングを行います。管理職には、経営陣だけのせいにせず自分たちに何が変えられるかを考えるワークショップを設定します。上司と社員が対話し、心理的安全性がなくて忖度して言えなかった本音を言えるようにするワークショップも数多く実施します。これらを通じて、トップダウンの会議からボトムアップの風土へ変えていきます。
よくある失敗パターン
エンゲージメントサーベイの支援を約20年してきた中で、次のような失敗が多く見られます。ひとつはスコアを取っても社員に開示しないケースで、問題隠蔽と受け取られモヤモヤが残ります。ふたつめはデータを取りすぎて疲弊するケースで、満足度調査やパルスサーベイなどアンケートばかりになり、適当に答えられてしまいます。みっつめはデータを取って開示して満足してしまうケースで、その後どうするのかが抜け落ちます。
また、他社がやって良さそうだからと思いつきで施策を打つのも失敗しやすいパターンです。他社でワンオンワンがうまくいったからと導入したら、逆にスコアが下がったというケースもあります。手法に飛びつく前に、要因分析と向上戦略を持つことが重要です。
明日から着手する順番
- 自社が「モチベーション」「満足度」「ロイヤリティ」とエンゲージメントを混同していないかを確認する。お金だけでやる気を維持しようとしていないか点検する。
- サーベイで現状を可視化する。eNPSなど本音が出やすい指標を使い、社員が何を求め、何がエンゲージメントのスイッチかを把握する。
- 5つの要素(仕事へのマッチ・会社への信頼・人間関係・評価報酬・成長機会)のどこに自社の課題があるかを要因分析する。
- スコアを社員に開示し、共通の物差しとして共有する。悪いスコアも伸びしろとして隠さず出す。
- 経営陣・管理職・社員の3つのレイヤーに分け、それぞれが取り組むべきテーマを整理する。
- 対話のワークショップやワンオンワンで、忖度なく本音が言える関係をつくる。
- 翌年また同じサーベイを取り、上がったか・効果がなかったかを確認し、改善を自分ごととして回し続ける。
よくある質問
従業員エンゲージメントとは何ですか?
会社の方向性やビジョンに共感し、目標に向けて自発的に貢献しようとする意欲です。会社や仲間への思い入れ、当事者意識も含まれ、婚約指輪のように会社と社員が同じ方向を向く状態を指します。
エンゲージメントとモチベーションは違いますか?
違います。モチベーションはその人の中にあるやる気で、高くても方向性がずれれば業績につながりません。エンゲージメントは会社と同じ方向を向いた自発的な貢献意欲です。
給料を上げればやる気は続きますか?
続きません。給料によるモチベーション向上は3か月ほどしか持たず、すぐ慣れて「もっと欲しい」となります。お金だけで維持しようとすると無理が生じます。
従業員満足度を上げれば業績は上がりますか?
上がるとは限りません。満足度は不満を満足に引き上げるには効きますが、3か月ほどで当たり前になり、それ以上は麻痺して投資対効果が悪くなります。
ワークエンゲージメントとは何ですか?
仕事そのものに対する働きがいです。この仕事が大好き、寝る間も惜しんで没頭してしまうといった状態を指し、従業員エンゲージメントより狭い、仕事内容に対する概念です。
エンゲージメントを上げると売上はどう変わりますか?
約20%高くなります。エンゲージメントが高い職場は売上が約20%、生産性が約17%、顧客評価が約10%高く、離職率は約41%低いというデータがあります。
日本のエンゲージメントは世界と比べてどうですか?
世界最低レベルです。ギャラップ社の2024年データで、仕事への熱意を持つ社員の割合は日本が6%、世界平均は23%で、先進国の中でも特に低い水準です。
なぜ日本のエンゲージメントは低いのですか?
責任感で働き、主体的な貢献意欲が低い傾向があるためです。他国は嫌なら辞めますが、日本は嫌でも辞めずに残るため、貢献力が低くても在籍するケースが多いのです。
エンゲージメントを高める要素は何ですか?
5つあります。仕事とのマッチ(ワークエンゲージメント)、会社への信頼、人間関係、評価・報酬、今と将来の成長機会です。重要度は会社や人によって異なります。
心理的安全性とは何でも言っていいことですか?
違います。何でも言い合う仲良し関係ではなく、耳の痛いことも言える、上司に反対意見を言える、ミスも言いやすくみんなでサポートする、という安心感のある関係を指します。
評価のフェアさとは何ですか?
2種類あります。転職したら得られる給料と社内の給料が同等かという市場的フェアさと、社内の同僚と比べてどうかというフェアさです。両方に納得感があれば問題になりません。
要素の重要度は会社によって違いますか?
違います。大企業は会社への信頼・人間関係が高く、ベンチャーは仕事のマッチ度・評価・報酬・成長機会が重視される傾向があります。人によっても求めるものが異なります。
eNPSとは何ですか?
身の回りの人に自分の会社を勧めるかを問う従業員NPSの指標です。満足かと聞くより本音が出やすく、日本企業ではマイナスになるケースが多く見られます。
スコアがマイナスでも公表すべきですか?
公表する勇気が評価に値します。マイナスは伸びしろであり、隠さず出すことはこれから上げていくという宣言にもなります。人的資本情報で公表する会社も増えています。
エンゲージメント調査でよくある失敗は何ですか?
3つあります。スコアを取っても社員に開示しない、データを取りすぎて疲弊する、取って開示して満足しその後を考えない、という失敗です。約20年の支援で多く見られます。
他社の成功事例を真似すればよいですか?
真似だけでは失敗しやすいです。他社でワンオンワンがうまくいっても、自社で導入したらスコアが下がる例もあります。まず要因分析と向上戦略を持つことが重要です。
エンゲージメント向上は誰が取り組むのですか?
3つのレイヤーで分担します。経営陣が取り組む課題、管理職中心で取り組む部署ごとのテーマ、社員が中心で取り組む職場のテーマに分け、それぞれが自分ごととして進めます。
上場企業のエンゲージメント情報はどこで見られますか?
有価証券報告書や統合報告書で見られます。上場企業では2023年3月決算から人的資本情報の開示が義務化され、ワンオンワンやジョブ型導入などの取り組みが確認できます。
コミットメントとエンゲージメントは同じですか?
違います。コミットメントは会社が与えたものにコミットさせる、させられる感覚です。エンゲージメントは下からじわじわ湧いてくる「やりたい」という内発的な意欲です。
エンゲージメントは業績につながりますか?
つながります。エンゲージメントを高めれば業績が上がることは科学的に証明されており、社員の士気が上がり、最終的に業績につながることがデータで示されています。
まとめ
- エンゲージメントとは、会社と社員が同じ方向を向き、自発的に貢献しようとする意欲です。給料によるモチベーションは3か月ほどしか持ちません。
- モチベーション・満足度・ロイヤリティとは異なる概念です。エンゲージメントが高い職場は売上が約20%高く、離職率は約41%低いというデータがあります。
- 高める要素は5つ、仕事とのマッチ・会社への信頼・人間関係・評価報酬・成長機会です。重要度は会社や人によって異なります。
- 日本のエンゲージメントは世界最低レベルで、貢献意欲を持つ社員は6%(世界平均23%)です。責任感で残るが主体性は低い傾向があります。
- まず調査で現状を可視化し、開示して共通の物差しを持ち、経営陣・管理職・社員の3レイヤーで自分ごととして改善を回すことが重要です。
まずは自社のエンゲージメントを調査で可視化し、社員が本当に何を求めているのかを把握するところから始めてみてください。
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