経営者になると、現場に追われて自分がインプットする時間がなかなか取れません。業績が悪いと「もっと頑張れ」と部下に発破をかけがちですが、それには限界があります。本や経営者セミナー、有名経営者の話を求めてあちこち動いても、何を学べばよいかの全体像がないまま、これかと思っては違い、こっちかと試行錯誤を繰り返してしまう。そんな経験に心当たりがあるかもしれません。
学びが遠回りになるのは、意欲や能力の問題ではありません。経営者が学ぶべき領域の全体地図を持たないまま、断片的にインプットしている構造に原因があります。全体のマップがあれば、自分に欠けているピースを見極めて効率よく埋めていけます。本記事では、経営者・役員・幹部が最速で成長するための戦略教養10選と、それぞれを学ぶ考え方を整理します。
現象のメカニズム
いい戦略も実行するのは人であり、組織が機能しなければ成果は出ません。経営者が成長するには、部下に頑張らせるだけでなく、自分自身をアップデートする必要があります。しかし学ぶべき領域は多岐にわたり、全体像がないまま動くと遠回りになります。
戦略教養とは、事業戦略やマーケティング戦略、人の戦略など、経営者が学ぶべき複数の戦略領域をまとめた概念です。これを体系的に学べば近道になります。まず全体の地図を持ち、「この人からここを学ぼう」「この講座ではここが学べる」と位置づけながらピースを埋めていくのが効率的です。
地図がないと、これがいいかもと試しては違い、これだけでは結果が出ないと別を探し、また違うという試行錯誤に陥ります。何を学ばなければならないかの全体マップを持つことが、経営者の成長の出発点になります。
本や経営者セミナー、有名経営者の話を求めることそのものが悪いわけではありません。ビビッとくる人が見つかり「この人から学ぼう」となれば、それは有効な学びです。ただ、学ぶべき領域の全体像を持たずに動くと、断片をつまみ食いするだけになりがちです。全体のマップがあってこそ、「この人からはここ」「この講座ではここ」と位置づけながら、自分でピースを埋めていけます。地図を先に持つか、行き当たりばったりで探すかで、成長のスピードは大きく変わります。
経営者が学ぶべき戦略教養10選
| No. | 戦略教養 | 学ぶ内容 |
|---|---|---|
| 1 | 長期ビジョン×逆算 | パーパス・ビジョン・バリューの策定 |
| 2 | 人を生かす力 | 人が動く原理原則とモチベーション |
| 3 | 心理学と世代理解 | 人の特性と世代ごとの価値観 |
| 4 | HRMの体系理解 | 採用・評価・報酬・配置・育成 |
| 5 | 戦略思考 | 構造化・選択と集中・逆算・翻訳 |
| 6 | 財務数字 | 財務3表と競合比較 |
| 7 | 商品力 | UVP・階段設計・LTV |
| 8 | 営業マーケティング | 認知・ナーチャリング・クロージング |
| 9 | 新規事業×多角化×M&A | 次の成長の作り方 |
| 10 | 組織文化の設計 | カルチャーとマインドセット |
長期ビジョン×逆算
経営の根幹は未来から逆算することです。どんな世界を作りたいか、どんな世の中にしたいかがあり、それに向けてやるべきことをブレイクダウンします。ビジョンなくたまたまうまくいく確率は低く、成し遂げたいビジョンからの逆算が成功への近道です。
ビジョンは、自分のやりたい思い(Will)、自分たちができること(Can)、求められること(Must)を掛け合わせて描きます。Mustには今のニーズと、メガトレンドを踏まえた将来のニーズがあります。自分たちの組織は何のためにあるかというパーパスやミッションを軸に、何年後にどんな世界を作りたいかを描きます。
ビジョンを適切にするには、メガトレンド、自社の強み・弱み、競合を見る3C分析が必要です。メガトレンドの分析にはPESTEL分析があり、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)に、Environment(環境)とLegal(法律)を加えたものです。ビジョンの立て方は学校でもMBAでも教わりにくく、環境分析をしながら自分たちの原体験や思いからオリジナルなビジョンを作る力が求められます。
技術の進化がビジネスに及ぼす影響は大きく、いつどんな技術が進化し自社にどう影響するかを予測しておく必要があります。近年は環境問題が深刻化し、環境負荷や貢献をビジョンに組み込む必要が出てきました。法律面でもコンプライアンスや規制の動向にアンテナを立てることで、新しいマーケットや新規事業が生まれることもあります。長期ビジョン×逆算は、経営者の戦略教養の一丁目一番地だと言えます。
人を生かす力
経営の核心は人を生かす力です。一人会社でも業務委託や協力会社との信頼関係が大切で、社員を抱えていれば気持ちよく能力を発揮してもらうことが重要です。成果を生み出すのは人であり、AIを使うのも人だからです。
どうすれば人は動くのか、どうすれば気持ちよく働けるのかという心理学的な理解も含め、この領域は経営者が学ぶべきところです。人が「この人のために貢献しよう」と思って頑張る、その根っこにあるのが人を生かす力です。心理学やモチベーション理論を踏まえて人と向き合うことが、組織の成果に直結します。
おすすめの書籍が2つあります。1つ目はデール・カーネギーの『人を動かす』です。人を動かす3原則は、批判も非難も苦情も言わない、率直で誠実な評価を与える、強い欲求を起こさせる、というものです。また人に好かれる6原則として、誠実な関心を寄せる、笑顔で接する、名前を尊いものとして扱う、聞き手に回る、相手の関心を話題にする、重要感を与える、が挙げられます。
もう1つは日本型経営の原点として松下幸之助の経営哲学です。経営の基礎は人だとする人間中心主義、企業は社会の公器という考え、安くていいものを作り生活を豊かにする水道哲学があります。売り手よし・買い手よし・世間よしの三方よしにも通じ、稲盛和夫氏なども含めて人とどう向き合うかを学べます。
心理学と世代理解
人の特性や心理学を理解すると、組織マネジメントに生かせます。また商品サービスを作る際も、顧客が何を考えているか、世代によって考え方がどう変わるかという世代理解が、商品開発やマーケティング、営業に役立ちます。
特にZ世代の行動特性や働く価値観は大きく変わってきています。会社への向き合い方やコミットの度合い、働き続ける期間の考え方も異なります。この領域を学ぶおすすめが、リクルートの大沢武志氏による『心理学的経営』です。心理学の理論をどう生かすかがまとまっており、経営者として押さえておきたい一冊です。
人の心理を理解することは、組織のマネジメントだけでなく商品開発にも直結します。顧客が何を考え、世代によって価値観がどう変わるかを捉えられれば、マーケティングや営業の精度も上がります。人はどう動くのか、この世代はどう考えるのかにアンテナを立てておくことが、経営者の戦略教養として欠かせません。
HRMの体系理解
HRM(ヒューマンリソースマネジメント、人的資源管理)は人のマネジメントで、採用・評価・報酬・異動・配置・育成などの機能があります。どう評価報酬するか、どんな人を配置するかは経営の根幹であり、経営者や経営者を目指す人が押さえておくべき領域です。
上の立場になるほど悩むのは人のことです。人はパラメーターが多く、モチベーションの変化もあります。昔活躍した人が組織のフェーズ変化に追いつけない場合にどう扱うかなど、HRM問題は経営の根幹に関わります。
戦略思考
MBA的に学ぶ戦略思考です。因数分解すると、まず全体をマップ化する構造化、次に選択と集中があります。戦略とは捨てることで、全部やるのは無戦略です。抜け漏れなく構造で捉えた中で、どこが一番大事かを見抜いて集中します。
もう1つは逆算です。ありたい姿から逆算して考えます。積み上げでは発想が広がらないため、ビッグビジョンを描いてそこから逆算します。さらに翻訳も重要で、難しい戦略を社員に分かりやすく伝えるために抽象と具体を行き来します。戦略を立てる力と、戦略をコミュニケーションする力の両方が求められます。
財務数字
財務は経営者のど真ん中です。経営者の通知表は決算書であり、BS、PL、キャッシュフローの財務3表は読めるようになる必要があります。財務諸表を見て何が問題か、次にどこを改善すべきかを見抜く力が大切です。
自社だけでなく、同じ業界の上場している競合の財務諸表を見ることも有効です。この会社はどこが強いか、うちとどう違うか、ビジネスモデルの違いは何かを読み解きます。競合や似た業界のIR情報を定期的に見て、利益率や変動費、固定費、財務基盤を見比べると基準値の感覚が研ぎ澄まされます。
自社だけを見ていると、その数字が良いのか悪いのか判断がつきません。ベンチマークとなる指標を持つために、競合や似た業界の財務を見比べることが役立ちます。PLだけでなくBSの資産の部も見て、財務基盤をどう固めているかまで読み解けるようになると、経営判断の精度が上がります。
商品力
商品サービスを作る力、見抜く力は経営の大事なポイントです。顧客のニーズがあり、競合になく、自社の強みを生かした商品ができれば、継続的に儲かり続けます。この中核商品をいかに作るかが鍵です。
そのために重要なのがUVP(ユニークバリュープロポジション)で、他にはないユニークかつ顧客に刺さる提案があるかどうかです。中核商品は高価格が多いため、その前に低価格のエントリー商品で階段を作る商品企画も大切です。さらにLTV(ライフタイムバリュー)を考え、単発ではなくリピートしてもらえる商品を作ることで経営が安定します。常に新規顧客を探し続けるモデルは不安定だからです。
営業マーケティング
いい商品を作っても知ってもらわなければ売れません。どんな顧客に知ってもらうかというマーケティング、認知後に欲しいと思ってもらうナーチャリング、そして営業による提案とクロージングの流れがあります。
ピーター・ドラッカーは、会社で重要な機能はマーケティングとイノベーションだと述べています。いい商品を作りマーケティングをすれば営業はいらない、とも言われます。市場が飽和し、ユニークなものも真似されるなか、真似されても勝てる戦略を描きつつ、マーケティングで知ってもらうことが経営者に不可欠です。近年はデジタルマーケティングやAIを使ったマーケティングも進化しています。
市場が出揃ってくると、どこにユニークさを見出すかが難しくなります。ユニークだと思って始めても真似される、いわゆる徹底的にパクるという動きもあります。それでも勝てる戦略を描き続けながら、まずは知ってもらうためのマーケティングを尖らせることが重要です。マーケティング戦略やデジタルマーケティングは、経営者が継続的に学ぶべき領域です。
新規事業×多角化×M&A
今の事業でモデルができたら、次の成長を考える必要があります。プロダクトライフサイクルがあり、会社にも商品にも寿命があるからです。自社でオーガニックに立ち上げるか、M&Aで買ってくるかの選択肢があります。
新規事業の立ち上げには、顧客ニーズからプロトタイプを作りテストしてPDCAを回すスタートアップ的手法があります。代表例がデザイン思考で、それをGoogleが5日程度に圧縮したデザインスプリントもあります。多角化は、既存プロダクトを違う顧客に売る、既存顧客に違う商品を売るというピボットが成功しやすいとされます。
多角化で、強みのないところにいきなり進出すると成功確率は低くなります。既存プロダクトや既存顧客という足場があるうちに、どちらか一方を変えるピボットのほうが安全です。経営者は未来の成長を考えるのが仕事であり、新規事業の立ち上げ方、多角化、M&Aを戦略として持っておくことで、一段二段上の成長への道筋を描けます。
M&Aは時間を買う感覚で、統合のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)が最も難易度が高い部分です。最も結果が出やすいM&Aは、既存顧客にクロスセルできる商品を持つ会社を買収することです。自社の顧客に新しい商品を提供でき、顧客単価が上がるためシナジーが生まれやすくなります。
組織文化の設計
組織文化を戦略的に構築する領域で、まさに組織開発の中心です。ピーター・ドラッカーの「Culture eats strategy for breakfast(組織文化は戦略を朝食に食べる)」という言葉のとおり、いい戦略を立ててもぬるいカルチャーがあれば食われてしまいます。
フィックスマインドセット(固定型で「できない」と考える)とグロースマインドセット(「面白そう、やろう」と考える)では大きく違います。伸びる会社は戦略的にグロースマインドセットを作っています。上の人のあり方や言葉、ワクワクするビジョンがカルチャーに影響します。
パーパス・ビジョン・バリューのバリューが組織文化に関わります。どんな価値観を大事にするかを定義し、人事評価制度や日常会話のキーワードに組み込んで浸透させます。カルチャーを変えるには人間関係とコミュニケーションが土台となるため、本音のワークショップなど組織開発の手法が有効です。
日本企業は組織文化を戦略的に構築する点でまだ弱く、欧米企業は組織開発の理論を使って戦略的に取り組んでいます。ここは日本企業が学べる余地の大きい領域です。「できないよ」ではなく「できないよにするな」、ネガティブな批判よりポジティブにどうすればできるかを考える、といったバリューを定義し、それをどう浸透させ体現するかを設計します。上の人のあり方や言葉が土台となり、人間関係が悪いままではいいカルチャーは生まれません。
解決策・打ち手
全体マップで自分の欠けたピースを特定する
10の戦略教養を一覧として持ち、自分が何を学べていて何が弱いかをチェックします。全体の地図の中で欠けているパーツを把握することで、断片的な学びの試行錯誤を避け、必要な領域に絞って効率よく学べます。
ビジョンは分析とオリジナリティの両輪で描く
PESTEL分析や3C分析で環境を捉えつつ、そもそも何のために会社を作ったのか、どんな原体験があるのかという自社の思いからビジョンを描きます。分析だけでは全員が同じになるため、個性となるオリジナリティを組み合わせます。
競合の財務諸表で基準値を作る
自社だけを見ても良し悪しの判断がつきません。競合や似た業界のIR情報を定期的にチェックし、利益率や費用構造、財務基盤を見比べることで基準値の感覚が研ぎ澄まされ、財務を見抜く力が養われます。
明日から着手する順番
- 10の戦略教養を一覧にし、自分が学べている領域と弱い領域をチェックします。
- 『人を動かす』『心理学的経営』など、弱い領域から関連書籍を1冊選んで読みます。
- 自社のパーパス・ビジョン・バリューが言語化されているかを確認します。
- 競合の上場企業のIR情報を見て、自社と財務指標を比べてみます。
- 自社のカルチャーがグロースマインドセットかフィックスマインドセットかを点検します。
よくある質問
戦略教養とは何ですか?
経営者が学ぶべき複数の戦略領域をまとめた概念です。事業戦略やマーケティング、人の戦略などを体系的に学ぶための枠組みです。
経営者が学ぶべき戦略教養はいくつありますか?
本動画では10あります。長期ビジョン、人を生かす力、心理学、HRM、戦略思考、財務、商品力、営業、新規事業、組織文化です。
なぜ学びの全体地図が必要ですか?
断片的な学びの遠回りを防ぐためです。全体マップがあれば欠けたピースを見極め、必要な領域に絞って効率よく学べます。
ビジョンはどう作ればよいですか?
Will・Can・Mustを掛け合わせます。やりたい思い、できること、求められることを重ね、原体験からオリジナルに描きます。
PESTEL分析とは何ですか?
メガトレンドを分析する枠組みです。政治・経済・社会・技術に環境と法律を加えた6要素で、将来のトレンドを予測します。
3C分析とは何ですか?
自社・競合・顧客を見る分析です。自社の強み、競合のプレイヤー、顧客ニーズの変化を捉えてビジョンや戦略を描きます。
人を動かす3原則とは何ですか?
『人を動かす』の原則です。批判も非難も苦情も言わない、率直で誠実な評価を与える、強い欲求を起こさせる、の3つです。
人に好かれる原則はいくつありますか?
6つあります。誠実な関心、笑顔、名前を尊ぶ、聞き手に回る、相手の関心を話題にする、重要感を与える、です。
松下幸之助の経営哲学の要点は何ですか?
人間中心主義です。経営の基礎は人とし、企業は社会の公器、安くていいものを作る水道哲学などが根幹にあります。
心理学を学ぶおすすめの本は何ですか?
『心理学的経営』です。リクルートの大沢武志氏の著書で、心理学の理論を経営にどう生かすかがまとまっています。
HRMとは何ですか?
人的資源管理です。採用・評価・報酬・異動・配置・育成などの機能を持つ人のマネジメントで、経営の根幹に関わります。
戦略とは何ですか?
捨てることです。全部やるのは無戦略で、構造化した中で一番大事なところを見抜き、選択と集中をするのが戦略です。
戦略思考の要素は何ですか?
4つあります。全体を捉える構造化、選択と集中、ありたい姿からの逆算、社員に伝わる翻訳です。
経営者が読むべき財務諸表は何ですか?
財務3表です。BS、PL、キャッシュフローを読み、問題点や改善すべき箇所を見抜く力が経営者に求められます。
商品力で重要なUVPとは何ですか?
ユニークバリュープロポジションです。他にない、かつ顧客に刺さる提案があるかどうかで、中核商品の競争力を決めます。
LTVとは何ですか?
ライフタイムバリューです。顧客が生涯にもたらす価値で、リピート商品でLTVを高めると経営が安定します。
会社で最も重要な機能は何ですか?
マーケティングとイノベーションです。ドラッカーの言葉で、いい商品を作りマーケティングをすれば営業はいらないとされます。
成功しやすいM&Aの特徴は何ですか?
クロスセルできる商品を持つ会社の買収です。既存顧客に新商品を提供でき顧客単価が上がるためシナジーが生まれます。
多角化で成功しやすい方法は何ですか?
ピボットです。既存プロダクトを違う顧客に売る、既存顧客に違う商品を売る形が、強みを生かせて成功しやすくなります。
組織文化と戦略はどちらが強いですか?
組織文化です。ドラッカーが説くとおり文化は戦略を朝食に食べ、いい戦略もぬるいカルチャーがあると機能しません。
まとめ
- 経営者の学びが遠回りになるのは、学ぶべき領域の全体地図がないことが原因です。
- 戦略教養は、長期ビジョンから組織文化まで10の領域で構成されます。
- ビジョンはPESTEL分析や3C分析で捉えつつ、原体験からオリジナルに描きます。
- いくら戦略を立てても、組織文化がぬるければそれに食われてしまいます。
- まず全体マップの中で自分の欠けたピースを特定し、そこから学ぶことが近道です。
10領域と数が多いため、どこから学ぶか迷うかもしれません。全体のマップの中で自分に欠けているパーツを見極め、そこから優先的に手をつけるのが効率的です。まずは10の戦略教養を一覧にして、自分が学べている領域と弱い領域をチェックしてみてください。
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