人事制度も研修もやっているのに、社員のやる気も離職率も思うように変わらない。エンゲージメント施策はパッチワーク的にやっているけれど、これで本当に事業戦略が達成できるのだろうか——。こうした人事のあり方に手応えのなさを感じている経営者や人事担当者は少なくないはずです。
この記事では、beyond globalグループの森田英一が解説する「戦略人事」を紹介します。結論から言えば、人事施策が成果につながらないのは担当者の努力不足ではなく、事業戦略と人事が連動していないという「構造」が原因です。前年度踏襲で人事をやる時代はもう終わりました。事業戦略から逆算して人・制度・文化を設計することが、これからの人事に求められます。人的資本経営という言葉も広がる中、戦略人事は日本でも急速に浸透しつつあります。
現象のメカニズム:なぜ戦略人事が必要なのか
これまでの事業成長には連続性がありました。今の延長線上で頑張れば成長する、という前提です。しかし、DXやグローバル戦略のように、今までと違うことをやらなければ実現できない事業戦略が増えています。延長線上ではデジタル人材もグローバル人材も自然には育ちません。
たとえばグローバル戦略を強化しようとしても、海外で戦えるグローバル人材は今の延長線上では自動的には育ちません。DXを進めようとしても、デジタル人材が自然に増えるわけではありません。非連続の成長には、それを担える人を戦略的に育成・採用し、時にはカルチャーそのものを変えていく必要があります。
日本は人口が減り市場がシュリンクしていくため、新サービスを作る、海外に出る、DXで利益率の高いビジネスモデルに転換する、といった非連続の戦略が求められます。それに合わせて、人づくりや組織文化づくりを意図的・戦略的に行う必要が出てきました。この環境変化こそが、戦略人事に注目が集まる背景です。一方、海外は人口が増え続けており、そこに市場機会があります。
戦略人事を入れると、中長期的な視点で施策を打てるようになります。採用・教育がそれぞれ分業でパッチワークになっていた状態から、事業戦略と連動した一本のシナリオで動けるようになり、部分最適でなく全体最適で人事が機能します。
これまでは「今年どうするか」「来年どうするか」という短期の話が中心でした。戦略人事では「5年後に本当にグローバル人材が足りるか」「DX人材は間に合うか」と垂直的な観点で手を打てるようになります。人事チームが複数いる場合も、一本のシナリオを共有することで一体感が生まれ、施策がバラバラにならなくなります。
全体像を示すフレーム:人事の4つの役割
戦略人事を理解するうえで役立つのが、デイビッド・ウルリッチが示した人事の4つの役割です。人事にはこの4つの柱があり、それぞれが異なる機能を担います。まず一覧で示し、その後に解説します。
| 役割 | 内容 |
|---|---|
| 戦略的パートナー | 経営戦略と人事戦略を連携させる |
| 管理エキスパート | 評価・報酬・勤怠など人事管理を適切に回す |
| チェンジエージェント | 目指す姿に向けて組織変革を推進する |
| 従業員チャンピオン | 従業員の声を聞きエンゲージメントを高める |
従来の人事は、評価・報酬・採用を適切に回す管理エキスパートとして捉えられがちでした。しかし戦略人事で重要になるのは、事業戦略と連動する戦略的パートナーと、現場に落とし込むチェンジエージェントです。その過程で社員の声を拾う従業員チャンピオンの役割も担います。まず、この4つの役割があることを認識することが出発点です。
戦略的パートナーは経営戦略と人事戦略を二人三脚で連携させる役割、チェンジエージェントは会社が目指す姿に向けて組織文化の変革を推進する役割です。自走的な人が増えるような組織へと変えていく組織開発の支援も、このチェンジエージェントの働きにあたります。管理エキスパートの機能も引き続き大切ですが、そこにとどまらず4つの役割を担うことが、戦略人事の姿です。従業員チャンピオンとして社員の声を聞き、エンゲージメントを高めることも、これらと並ぶ大切な役割です。
背景にある前提:オペレーショナル人事との違い
これまでの人事は、経営者から言われたことをやるオペレーショナル人事になりがちでした。給与や勤怠、採用を回すことが中心で、去年やった研修を今年も続ける、といった前年度踏襲になっていたのです。
戦略人事では、人事が経営者と対等に話せる立ち位置に変わります。「この事業計画をやりたい」に対し、「人がボトルネックになる。このタイムスパンでこう投資しないといけない」と提言する。経営者から言われたことをやるだけでなく、事業戦略を人の面から実現する担い手になります。
これまでの人事は、5年後に必要な人材を見据えるより、目の前の採用や研修を回すことに追われがちでした。戦略人事では、事業戦略を実現するうえで人がどこでボトルネックになるかを先読みし、経営者に対して投資や時間軸を提案します。人事が事業と経営者と対等に会話できるようになることが、大きな転換点です。
この変化により、人事の仕事のやりがいや重要度の認識が上がり、人事担当者自身のエンゲージメントも高まります。オペレーションを回すだけの感覚から、戦略的に経営に関わる立ち位置へと変わることが、戦略人事の本質です。
これまで「人事はオペレーションをやるもの」という感覚だったところから、戦略的に経営に関わる存在へと立ち位置が変わります。仕事そのもののやりがいや働きがいが上がり、自分の仕事の重要度への認識も高まります。これは会社にとってだけでなく、人事担当者本人にとっても大きな意味を持つ変化です。
戦略人事を実践する3つの柱
戦略人事として何をやっていくといいのかを、3つの柱にまとめました。いずれも事業戦略との連動が共通のキーワードで、人・制度・文化の3つの側面から設計します。まず一覧で示し、その後に1つずつ解説します。
| 柱 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 経営戦略と人材ポートフォリオを連動させる |
| 2 | 中長期ビジョンと制度・評価・キャリアパスを連動させる |
| 3 | 組織文化・エンゲージメントを事業戦略と連動させる |
経営戦略と人材ポートフォリオを連動させる
最も大事なのが経営戦略との連動です。中長期の事業計画に対し、どんな人が何に必要かを計画に入れます。採用するのか社内で育成するのか、そのための採用戦略や配置戦略、後継者計画(サクセッションプラン)を整理します。5年後・10年後に必要な人材を見据えた人材ポートフォリオを設計するのです。
今いなくても育成するなら、研修だけでなく、こういう経験を積んでこういう人になってもらう、という配置戦略も重要になります。ある部署に異動させるなら、その後継者もまた育てなければならない、といった連鎖まで含めて整理していきます。事業戦略の実現に必要な人材を、時間軸を持って計画的に用意することが求められます。人材をデータとして整理し、戦略と連動させて活用することが、この柱の土台になります。
かつては全社員を把握する職人技のような人事担当者が人材配置を考える会社もありましたが、これは属人的です。今はタレントマネジメントシステムで人材をデータ化し、経歴・志向・スキル・適性を整理して、戦略的に必要なポジションの人材が社内にいるかを分析します。ただし、システムを入れること自体が目的化している会社も多く、戦略と連動した人材戦略がなければ意味がありません。
「他社も入れているから」と箱だけ導入しても、データをどう活用して戦略的に育成・配置するかがなければ機能しません。戦略的パートナーの観点で、5年後・10年後の理想の組織像を描き、経営者候補・グローバル人材候補・DX人材候補を誰にするか、どう育てるかを人材ポートフォリオとして計画に落とし込むことが、この柱の要点です。
中長期ビジョンと制度・評価・キャリアパスを連動させる
中長期ビジョンや事業戦略と、人事制度や評価をしっかり連動させます。新しい人材像が出てきた場合、そこに至るキャリアパスの設計も重要です。今までのキャリアパスに加え、新しい人材へ向かうにはどんな道筋があるかを設計し、制度・評価と連動しているかをチェックします。
制度や評価が旧来のままだと、いくら新しい人材像を掲げても、現場は従来どおりの行動を評価され続けます。それでは狙った人材が育たず、配置も進みません。中長期ビジョンで描いた人材像と、日々の評価や昇進の基準が一致しているかを点検し、ずれていれば制度をアップデートすることが、この柱では欠かせません。日本企業では年功序列的な運用で評価が機能していないケースもあり、制度の連動性を改めて確認することが重要です。
組織文化・エンゲージメントを事業戦略と連動させる
組織文化やエンゲージメントを向上させる仕組みを、事業戦略と連動させます。新しいことをやるには、挑戦を評価する文化や主体性が必要になります。これは個人のリスキリングだけでなく、組織カルチャーを変える組織開発を戦略的に行うことです。心理的安全性を高める場の設計、ミッション・ビジョン・バリュー浸透のワークショップ、エンゲージメントサーベイによる可視化とボトムアップの活動などを、事業戦略と連動して進めます。
組織カルチャーが変わると、社員一人ひとりの意識が変わります。今までは安定した事業を回していればよかったのが、新サービスや新市場に挑むなら、受け身ではなく主体的に動く文化が必要です。エンゲージメントサーベイで現状を可視化し、それをオープンにして、みんなでエンゲージメントを高める活動につなげる。こうした土台づくりを、事業戦略から逆算して設計することがポイントです。
新しいミッション・ビジョン・バリューをワークショップで浸透させる、心理的安全性が高まる場を設計する、といった取り組みも、事業戦略と連動してこそ意味を持ちます。どういう人が必要で、どういう制度で育て、どういう文化を作るか。この人・制度・文化の3段階が連動して初めて、事業戦略を実現する組織が形になっていきます。
解決策・打ち手
戦略人事を自社で機能させるための具体的な打ち手を解説します。導入のタイミングの見極めから、設計の進め方、中小企業ならではの工夫、経営者との連携まで、実務で押さえたいポイントです。
導入のタイミングを見極める
導入のタイミングは、「今までの人事のやり方で本当に良かったのか」「これで事業戦略を達成できるのか」と問い直すところにあります。延長線上でよいのか、非連続の戦略に人事が追いついているのかを見極めます。事業環境が変化し、事業戦略も変わっているなら、戦略人事に踏み出すタイミングです。
たとえば長年やっている研修も、「去年やったから今年も」と続けているだけになっていないかを見直します。10年以上続けてきた研修を、本来の目的や戦略に合わせて一度ガラガラポンして構築し直す。こうした部分最適の見直しが、戦略人事の考え方が入ることで進みます。前年度踏襲で人事をやる時代は終わった、という前提に立つことが出発点です。
成功事例として、ある会社は15年ほど前から外国人採用を始めました。日本市場だけではシュリンクするため海外市場を伸ばす必要がある、という戦略のもと、インドや中国、アメリカなどから優秀な人材を採用したのです。社員に危機感が生まれたうえで人事制度を変えたため、「グローバルでビジネスを伸ばすのだから当然だ」という納得感が生まれ、現場から戦略人事がスムーズに進みました。
3段階で人・制度・文化を設計する
どういう人が必要で、どういう人が育つ制度になっていて、どういう文化を作っていくか。この3段階を設計することが柱になります。人材ポートフォリオ設計、制度・評価との連動、組織文化・エンゲージメントの向上を、事業戦略から逆算して一本のシナリオでつなぎます。リスキリングによるスキルとマインドセットの獲得も、あわせて設計します。
この3段階がそろって初めて、必要な人材が明確になり、その人材が育つ制度が整い、それを支える文化が作られます。どれか一つが欠けても、戦略人事は機能しません。新しいスキルを身につけるリスキリングの進め方も、従来のやり方から変えていく必要があり、3段階の設計に付随して考えるべき要素になります。人・制度・文化を一本の線でつなぐ設計こそが、戦略人事の骨格になります。
中小企業は外部をうまく活用する
人事の人数が足りず、採用も教育も兼務している中小企業でも、戦略人事の考え方は有効です。ベンチャーでも、中長期の人材戦略がないと急成長はできません。給与計算などのオペレーションは外注し、SNSでの直接採用など最新のノウハウは外部を使う方が効率的なこともあります。全部を社内でやろうとせず、外部の力を借りながら進めることが大切です。
中小企業の人事担当者ほど、戦略人事的な考え方を持ちつつ、今年はこれを中心にやる、と重点を絞ることが現実的です。人事制度を全部自分で作ろうとすると大変なので、外部のアドバイスをもらいながら一緒に作る、といった進め方が有効です。規模がそこまで大きくないからこそ、外部をうまく使って最新の情報やノウハウを取り入れることが、かえって効率を高めます。社内だけで抱え込まず、必要な部分は外部と組むという発想が大切です。
経営者との握りを頻繁に行う
特に中小企業では、経営者の思いが強く、鶴の一声で決まったり考えが変わったりします。だからこそ経営者と二人三脚で進め、握りを頻繁に行うことが重要です。人材戦略のプロとして、事業戦略を実現する人と組織文化の部分を自分が担う、という意識を持つことが求められます。
経営者の考えは1週間でも変わることがあり、それが経営者の強みでもあります。朝令暮改を悪いことと決めつけず、その特性を理解したうえで、密に連携を取りながら人材戦略を進めることが大切です。人事は言われたことをやるだけの存在ではなく、事業戦略を人と組織の面から実現するパートナーである、という立ち位置を持つことが、戦略人事の鍵になります。
明日から着手する順番
- 「今の人事のやり方で本当に事業戦略を達成できるか」を問い直す。
- 中長期の事業戦略から、5年後・10年後に必要な人材を洗い出す。
- 採用・育成・配置・後継者計画を含む人材ポートフォリオを設計する。
- 制度・評価・キャリアパスが新しい人材像と連動しているか点検する。
- 挑戦や主体性を育む組織文化・エンゲージメント施策を戦略と結びつける。
- オペレーション業務は外部を活用し、戦略に注力できる体制を作る。
- 経営者との握りを頻繁に行い、二人三脚で人事戦略を進める。
よくある質問
戦略人事とは何ですか?
事業戦略と連動した人事です。経営戦略から逆算し、人・制度・文化を戦略的に設計する人事のあり方を指します。
なぜ戦略人事が必要なのですか?
事業が非連続になったからです。DXやグローバル化など延長線上にない戦略には、意図的な人づくりが欠かせません。
オペレーショナル人事との違いは何ですか?
立ち位置が違います。給与や採用を回すだけでなく、経営と対等に事業戦略を人の面から実現する役割を担います。
戦略人事を入れると何が変わりますか?
中長期視点で動けます。パッチワークだった施策が一本のシナリオで連動し、部分最適から全体最適に変わります。
人事の4つの役割とは何ですか?
ウルリッチのフレームです。戦略的パートナー、管理エキスパート、チェンジエージェント、従業員チャンピオンです。
4つの役割で特に重要なのはどれですか?
戦略的パートナーとチェンジエージェントです。事業戦略と連動し、現場に変革を落とし込む役割が重要になります。
戦略人事の3つの柱とは何ですか?
3つあります。人材ポートフォリオ設計、制度・評価との連動、組織文化・エンゲージメントの向上です。
人材ポートフォリオ設計とは何ですか?
必要な人材の全体設計です。5年後・10年後に必要な経営・グローバル・DX人材を、採用や育成で計画的に整えます。
タレントマネジメントシステムは必要ですか?
戦略があれば有効です。人材をデータ化し分析できますが、戦略と連動しなければ導入自体が目的化してしまいます。
キャリアパスの設計はなぜ重要ですか?
新しい人材像が出るからです。新たな人材へ至る道筋を設計し、制度や評価と連動させることが必要になります。
組織文化はなぜ事業戦略と連動させるのですか?
新しい挑戦に文化が要るからです。挑戦や主体性を評価する文化を、組織開発で戦略的に作る必要があります。
戦略人事の導入タイミングはいつですか?
戦略が非連続になった時です。今の人事で事業戦略を達成できるかを問い、延長線上で足りないなら導入します。
中小企業でも戦略人事はできますか?
できます。兼務が多くても考え方は有効で、外部を活用しながら重点を絞って進めるのが現実的です。
ベンチャー企業に戦略人事は必要ですか?
必要です。中長期の人材戦略がないと急成長を支えられないため、早い段階から持っておくことが有効です。
外部をどう活用すればいいですか?
オペレーションを任せます。給与計算やSNS採用など、外部のノウハウを使う方が効率的な領域を切り分けます。
戦略人事導入の注意点は何ですか?
経営者との握りです。特に中小は経営者の考えが変わりやすいため、頻繁にすり合わせることが重要になります。
人事評価制度は戦略とどう関係しますか?
連動が必要です。中長期ビジョンや事業戦略とずれた評価では、狙った人材の育成や配置が進みません。
成功事例にはどんなものがありますか?
グローバル化の例です。15年ほど前から外国人採用を進め、現場に危機感が生まれてから制度改革を行った例があります。
戦略人事で人事のやりがいは変わりますか?
高まります。オペレーションを回す感覚から経営に関わる立ち位置になり、仕事の重要度の認識が上がります。
戦略人事の専門家は足りていますか?
足りていません。日本では圧倒的に不足しており、スキルを身につければキャリアの可能性が大きく広がります。
まとめ
- 人事施策が成果につながらないのは努力不足でなく、事業戦略と人事が連動していないという構造が原因です。
- 事業が非連続になった今、前年度踏襲でなく、戦略的に人・制度・文化を設計する戦略人事が求められます。
- ウルリッチの4つの役割のうち、戦略的パートナーとチェンジエージェントの2つが特に重要です。
- 実践の柱は、人材ポートフォリオ設計・制度との連動・組織文化とエンゲージメントの向上の3つです。
- 中小企業は外部を活用し、経営者との握りを頻繁に行いながら進めていくのが有効です。
戦略人事の専門家は、日本ではまだ圧倒的に足りていません。この考え方とスキルを身につければ、人事担当者自身のキャリアの可能性も大きく広がります。環境変化が激しく事業戦略も変わり続ける今こそ、戦略人事に取り組む価値があります。まずは「今の人事のやり方で本当に事業戦略を達成できるのか」を、一度問い直すところから始めてみてください。
動画特典
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