特別休暇制度を作り、ランチ補助を用意し、オフィスをきれいにする。社員に喜んでほしくて手を尽くしているのに、なぜか定着せず、満足度も上がらない。むしろ「社長はわがままだ」「もっとこうしてほしい」というリクエストばかりが返ってくる。そんな片思いのような寂しさや孤独を感じている経営者は少なくありません。
結論から言えば、社長の愛が届かないのは人柄や努力の問題ではなく、組織の構造とコミュニケーションのすれ違いに原因があります。社員が何を考えているかがわからないまま施策を打つと、せっかくの取り組みが空回りし、悪い場合には逆効果になります。この記事では、社長の愛が社員に届かない7つの原因と、親からパートナーへ立場を変えるための3つの解決策を解説します。
現象のメカニズム
社長の愛が空回りする根本には、施策の多くが「衛生要因」に偏っているという構造があります。オフィスをきれいにする、食事を奢る、休憩室を作る、制度を整えるといった取り組みは、最低限あると嬉しいけれど、それがあるからもっと頑張ろうとはならないものです。
これに対し、仕事そのもので人を動かすのが「動機付け要因」です。頑張ってこれを達成したら評価が出る、といったものが動機付けになります。衛生要因ばかりを与え続けると「与えてくれるもの」が当たり前になり、感謝につながりません。ただでもらったものにはありがみを感じにくいのです。
さらに、社長と社員では立場によって物事の見え方が正反対になります。社長にとって給料日はお金が出ていく日ですが、社員にとっては「やった」となる日です。この認識ギャップを埋めないまま愛情表現を重ねても、届かないのです。
社員への「愛」でやってはいけないことTOP3
本題に入る前に、性格の良い社長ほど落ちやすいNG行動を3つ挙げます。まず一覧を示し、そのあとで1つずつ解説します。
| No. | NG行動 | 起きる問題 |
|---|---|---|
| 1 | 不満を聞きすぎてルールをコロコロ変える | 公平性が崩れ、声の大きい人が得をする |
| 2 | ローパフォーマーを守り続ける | 組織の基準値が最も低い方に合ってぬるま湯化する |
| 3 | 「みんなには内緒だよ」と一部だけ優遇する | 透明性が破壊され、社長が裸の王様になる |
不満を聞きすぎてルールをコロコロ変える
1つ目は、社員の個別要望に従ってルールを変えたり特例を認めたりすることです。良い社長ほどこの罠にはまります。ある社員の要望を聞いて変え、また別の社員の要望を聞いて変える、というのを繰り返すのです。
その結果、会社の中の公平性のバランスが崩れます。声の大きい人が得をして、黙って地道に頑張っている人が「わずらわしいな」と感じてしまいます。要望に応えているつもりが、周りからは「社長は声の大きい人に流される」と見られてしまうのです。
ローパフォーマーを守り続ける
2つ目は、仕事ができない社員、あるいは周りに悪影響を及ぼす社員を、情によって守り続けることです。昔から支えてくれた、良いやつだからという理由で抱え続けてしまいます。
すると頑張っている社員は「社長は成果より情が大事なのか」「成果を上げなくてもいいのか」と勘違いします。組織の基準値が最も低い方に合っていき、ぬるま湯化します。優秀な社員は「この会社にいたら市場価値が下がる」と感じて離れていきます。情があるのは人間味として良いことですが、それが組織に与える影響を見ずにその場対応をするのは良くありません。
「みんなには内緒だよ」と一部だけ優遇する
3つ目は、「みんなには内緒だよ」と言って一部の社員だけに良いことをすることです。会社の中で内緒は成り立ちません。それをやると会社の透明性が破壊されます。
結果として派閥のようなものができ、「あの人は社長に気に入られている」といった話が広がります。しかもそれは絶対に社長の耳には入らず、裸の王様化していきます。社長は「みんなには内緒だよ」ということをやらないほうがよいのです。
社長の「愛」が社員に届かない7つの原因
ここからが本題です。組織開発の現場で見えてきた、社長の愛が届かない7つの原因を解説します。
原因1 生存の保証を愛だと勘違いしている
社長は雇用を守っているという責任感とプライドを持っています。だからこそ「雇用を守ってやっているんだからこれをやれ」と偉そうになりがちです。しかし社員からすると、それは日本では当たり前のことで、それで偉そうにされても困る、という認識ギャップがあります。
社長にとって給料日はお金が出ていく日ですが、社員にとっては自動で振り込まれる所得のように感じられます。キャッシュフローが厳しいときに社長がポケットマネーや借り入れで回していることを、社員は知りません。ここで愛は届かなくなります。
原因2 自己犠牲が同調圧力に見えている
創業期に休みを削り、借金を背負って会社と社員のために頑張ってきた。その背中を見せれば見せるほど、社員は「社長と同じことをやれ」という無言のプレッシャーを感じます。
社長に悪気はなくても、自己犠牲をアピールしたり背中で見せたりするほど、社員は重たく感じて引いていきます。人生をかけて愛情をかけているという思いが、逆方向に効いてしまうのです。言えば言うほど冷めていく、残念なあるあるです。
原因3 よかれと思っての福利厚生が麻薬になっている
オフィスをきれいにする、飲み会を奢る、休憩室を作る、制度を作る。これらはすべて衛生要因であり、動機付け要因ではありません。最低限あれば嬉しいけれど、それで頑張るわけではないのです。
衛生要因ばかりを与え続けると、与えてくれるものが当たり前になり、麻薬のようになっていきます。おやつをあげると「もっとおやつをください」となるように、要求はきりがありません。ただで与えられたものはどんどん麻痺していくため、福利厚生に力を入れすぎるのは逆効果です。
原因4 会社の成長を社員の幸せに翻訳できていない
「売上100億円を目指す」と掲げても、それは本当に社員の目標でしょうか。社長の野望ではあっても、社員にメリットがあるのか、やりたいと思っているのかが疑問なケースは多くあります。上場を目指すと言っても、社員からは「仕事が増えるだけ」に見えることもあります。
会社がこの目標を達成すると、あなたのキャリアや仕事の幅がこうなる、給料がこうなる、と個人に落とし込むことが大切です。社長が自分の夢や野望ばかり語っても社員には響きません。個人に翻訳して伝えなければ、愛は届きません。
原因5 厳しい正論を優しさというオブラートで包みすぎる
優しさは良さそうに見えますが、本当は嫌われるのを恐れているだけ、というケースもあります。社員からすると「社長は自信がないのか」「遠慮しすぎて歯切れが悪い」と見え、社長が何を求めているのかわからなくなります。
上司がどの基準を求めているかわからないぬるい指導は、社員の成長を止めます。褒めるところは褒めつつ、厳しいこともストレートに言う。嫌われる勇気を持っておく必要があります。
原因6 親心がいつの間にか支配欲にすり替わっている
「親なんだからこうしなさい」と子供をコントロールしようとして反発される、という子育てのあるあるが、会社でも起きます。「俺がお前を育ててやろう」と思うほど、自分の思う方向にコントロールしようとしてしまうのです。
社長が自分のコピーを作りたがっても、大体は劣化コピーにしかなりません。上は満足せず、下は自信が湧かず、できる人は反抗し、支配されていると感じ始めます。結局、諦めた人しか残らず、自分らしくやりたい人はどんどん抜けていきます。
原因7 感謝のタイミングと解像度がずれている
期末に「みんなありがとう」「よく頑張った」と言う社長は多いものです。しかし、みんなに対してざっくり言うだけでは誰にも刺さりません。特定の人を挙げると贔屓に見えるからと、個別に言わずに済ませてしまいがちです。
しかし人は「自分はどうだったのか」を知りたいものです。私のどこが良かったのか、あの行動があったから今期の成果につながった、という解像度の高いフィードバックや感謝の言葉が効いてきます。期末ごとに全社員に手紙を書く社長もいます。
解決策・打ち手
経営者は「親」という立場から、社員の「パートナー」という立場へ変換していく必要があります。そのための3つの技術を解説します。
弱さの自己開示で社員の本能を目覚めさせる
社長は完璧であらねばと演じがちで、それが無言のプレッシャーになります。プレッシャーを自分で抱え込むのではなく、社長が感じているリスクや本音を、少なくとも幹部とは話してほしいのです。「今こんなリスクを抱えている」「一人で解決しようとしてきたが人口が見えないので力を貸してほしい」と頼ります。
「俺は完璧だ」とやるほど社員との距離は開きます。「あなたがいないと会社がまずい、一緒にやろう」とパートナーの立場になると、社員の脳に「自分がやらなきゃ」という本能スイッチが入ります。弱みを見せてくれる人を応援したいと思うのが人間だからです。
完璧な社長は尊敬されても「守りたい」とはなりにくく、長くいるとボロが出て、言えない関係性から裸の王様化が進みます。最初は勇気がいりますが、頼って社員とパートナーの関係になることが大切です。
成長ロードマップで社員の欲望を会社の成長に直結させる
社長の夢だけでグイグイ引っ張るのは無理が出ます。人間は自分の夢のために動くからです。社長の夢を、社員一人ひとりの夢や成長と重ね合わせる地図を作ります。社員が成長して市場価値が上がる、給料が上がる、といったことに翻訳するのです。
最近多い1on1の中で、会社の目標とあなた個人の成長シナリオ、成長のロードマップを一緒に作ります。会社がこう成長したらあなたはどうなりたいか、そのためにどんなチャレンジをするか、この給料を希望するならどんな役割を担うか。会社の目標と個人の夢を重ね合わせる時間にしてください。
冷徹な評価制度こそ最大の愛である
優しい社長ほど個別対応や特別扱いをしたくなり、昔からの人を贔屓したくなります。しかしこれをやると組織は崩壊します。組織は社長個人のわがままで回すものではなく、仕組みにしてみんなのものにするなら、評価を属人的にキープせず、公平な仕組みに落とし込む必要があります。
冷徹なまでの公平性と客観性のある人事制度・報酬制度に落とし込むことが、社員みんながハッピーになり、頑張った人・成果を出した人が報われる形をつくります。これこそ社長として経営者としての最大の愛だと自覚してほしいのです。
これがないと優秀な人ほど馬鹿らしくなって出ていき、本末転倒になります。社員は頑張った分・成果を出した分をお金として還元してくれることに愛を感じます。他社で成功した制度を持ってきてもうまくいきません。自社が何を大事にするか、どんな組織を作りたいかで作る必要があります。
明日から着手する順番
親からパートナーへ立場を変えるための行動を、着手しやすい順に並べます。上から順に取り組んでみてください。
- NG行動3つ(ルールの朝令暮改・ローパフォーマーの温存・内緒の優遇)を自分がしていないか点検する。
- 福利厚生などの衛生要因に偏っていないかを見直し、仕事そのものの動機付け要因に目を向ける。
- 期末のざっくりした感謝ではなく、個人ごとに解像度の高いフィードバックを伝える。
- 抱えているリスクや本音を、少なくとも幹部に自己開示し、力を貸してほしいと頼る。
- 1on1で会社の目標と社員個人の成長ロードマップを一緒に作り、夢を重ね合わせる。
- 属人的な評価をやめ、公平で客観的な人事・報酬制度を自社の価値観に沿って設計する。
よくある質問
社長の愛が社員に届かないのはなぜですか。
組織の構造とコミュニケーションのすれ違いが原因です。社員の本音がわからないまま施策を打つと空回りし、逆効果にもなります。
福利厚生を充実させても満足度が上がらないのはなぜですか。
福利厚生は衛生要因に過ぎないからです。最低限あれば嬉しいものですが、それがあるから頑張るという動機付けにはなりません。
衛生要因と動機付け要因の違いは何ですか。
衛生要因は最低限あれば嬉しいもの、動機付け要因は仕事そのもので人を動かすものです。頑張れば評価が出る形が動機付けです。
やってはいけないNG行動は何ですか。
3つあります。ルールをコロコロ変える、ローパフォーマーを守り続ける、一部だけを内緒で優遇する、の3つです。
不満を聞いてルールを変えると何が起きますか。
公平性のバランスが崩れます。声の大きい人が得をし、黙って地道に頑張る人がわずらわしさを感じてしまいます。
ローパフォーマーを守り続けるとどうなりますか。
組織の基準値が最も低い方に合っていきます。ぬるま湯化し、優秀な社員が市場価値の低下を恐れて離れていきます。
「みんなには内緒だよ」がなぜ問題なのですか。
会社の透明性が破壊されるからです。内緒は成り立たず、派閥ができ、社長の耳に入らないまま裸の王様化していきます。
雇用を守ることは愛として伝わりますか。
伝わりにくいです。社員には日本では当たり前と受け取られ、それで偉そうにされると認識ギャップが生まれます。
自己犠牲を見せると社員はどう感じますか。
同調圧力に感じます。背中で見せるほど「社長と同じことをやれ」という無言のプレッシャーになり、引かれてしまいます。
「売上100億円」の目標が響かないのはなぜですか。
社員の目標ではないからです。社長の野望に見え、達成しても社長が儲かるだけと受け取られると気持ちが乗りません。
会社の目標を社員に響かせるにはどうすればよいですか。
個人に翻訳します。この目標を達成するとあなたのキャリアや給料がこうなる、と個人の幸せに直結させて伝えます。
優しく伝えることの何が問題なのですか。
嫌われるのを恐れているだけの場合があります。求める基準がわからないぬるい指導は、社員の成長を止めてしまいます。
親心が支配欲に変わるとはどういうことですか。
コントロール欲になることです。自分のコピーを作ろうとし、劣化コピーしか生まれず、できる人ほど反抗して抜けていきます。
期末の「みんなありがとう」はなぜ刺さらないのですか。
解像度が低いからです。全員へざっくり言うだけでは誰にも届かず、個人ごとの具体的なフィードバックが効いてきます。
解決策は何個ありますか。
3つあります。弱さの自己開示、成長ロードマップの共有、冷徹な評価制度の3つが肝になります。
弱さの自己開示にはどんな効果がありますか。
社員の本能スイッチが入ります。頼られると「自分がやらなきゃ」と感じ、弱みを見せる人を応援したいと距離が縮まります。
成長ロードマップはどこで作ればよいですか。
1on1で作ります。会社の目標と社員個人の成長シナリオを一緒に描き、社長の夢と個人の夢を重ね合わせていきます。
なぜ冷徹な評価制度が最大の愛なのですか。
頑張った人が報われるからです。公平で客観的な仕組みにすることで納得感が生まれ、優秀な人の離職を防げます。
他社の評価制度を真似してもよいですか。
うまくいきません。自社が何を大事にするか、どんな組織を作りたいかで設計しないと、価値観とずれてしまいます。
組織のフェーズで愛の形は変えるべきですか。
変えるべきです。人数が少ない時は属人的でよくても、大きくなると仕組みが必要で、これは構造的な問題だからです。
まとめ
- 福利厚生は衛生要因に過ぎず、仕事そのもので動機付けされる要因を磨かないと不満は消えません。
- 社長の愛が届かないのは人柄ではなく構造的な問題で、組織のフェーズに応じて愛の形も変えるべきです。
- 性格の良い社長ほど、ルールの朝令暮改・ローパフォーマーの温存・内緒の優遇という3つのNGに陥りがちです。
- 愛が届かない7つの原因は、生存の保証・自己犠牲・福利厚生・目標の翻訳不足・過度な優しさ・支配欲・感謝のずれです。
- 解決策は弱さの自己開示、成長ロードマップの共有、冷徹な評価制度の3つで、親からパートナーへ立場を変えることが肝です。
まずは福利厚生などの衛生要因に偏っていないかを点検し、個人への解像度の高い感謝を一つ伝えることから始めてみてください。
動画特典
社長の気持ちをどう伝えたらよいか、その翻訳の仕方をまとめた「感情の翻訳コミュニケーションマニュアル」を、この動画を最後までご覧いただいた方にプレゼントしています。弱みを見せることに不安がある方にも役立つ内容です。
ご希望の方は、森田英一の公式LINEにご登録ください。受け取りに必要なキーワードは動画内で案内していますので、ぜひ動画をチェックしてみてください。ワークショップや人事制度づくりのご相談も、公式LINEから受け付けています。