「業績は悪くないのに、人が集まらない」「せっかく育てた社員が辞めていく」——そんな不安を抱えている経営者の方は少なくないと思います。採用に苦労し、幹部の離職に怯えながら日々を過ごしている中小・中堅企業の経営者は、いま急速に増えています。実際、人手不足倒産は2025年に過去最多となり、業績が良くても人がいなくて倒産するケースが現実に起きています。
ただ、これは「日本人にやる気がないから」でも「あなたの会社が魅力に欠けるから」でもありません。原因の多くは個人の資質ではなく、会社の構造にあります。人が辞めない時代は終わり、辞める時代へと環境が変わったにもかかわらず、昔の前提のまま経営を続けていることが問題なのです。この記事では、人手不足倒産を回避するための7つのポイントを、構造の視点から解説します。
現象のメカニズム
人手不足倒産が急増している背景には、複数の構造的な要因が重なっています。まず、働き手の絶対数そのものが減ってきています。少子高齢化により労働人口が縮小し、採用市場では人材の奪い合いが常態化しています。
次に、人件費の高騰があります。大手企業は給料をどんどん上げる傾向にありますが、中小・中堅企業には一気に給料を上げる余力がないケースが多く、相対的な魅力が落ちていきます。さらに海外の人件費の上がり方は日本以上で、日本で働く人が外資系に転職する動きも増えています。
そして最も見落とされやすいのが「選択肢の可視化」です。昔は他社の状況が見えず、いまの会社にいることが当たり前でした。しかし今は、年収2倍、高待遇といった甘い誘いが次々と届きます。生活コストも上がり、将来不安を抱える人が多い中で、情だけで人をつなぎ止められる時代ではなくなりました。合理的に自分の人生を考える人が増えたのです。
実際の数字を見ると、この変化は明白です。人手不足倒産は146件、313件、350件、そして441件と、直近数年で一気に増えています。「今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫」という発想は通用しない時代に突入しています。
背景にある心理/前提
経営者が陥りやすい前提が「長く勤めてくれている社員は、これからも残ってくれるはずだ」という期待です。特に地方の中小企業や、創業期から支えてくれたベンチャーのメンバーに対して、この前提を無意識に持っている経営者は多いと思います。
一昔前はその前提が成り立ちました。他の選択肢が見えなかったため、このままいるしかないという状況だったのです。しかし今は状況が変わり、他の選択肢がはっきり見える状態になりました。子育てで出費が増える、引っ越しが必要になるなど、社員のライフサイクルの中でお金が必要になる場面は必ず訪れます。
そのとき、情だけでは人は残りません。「そういう時代は終わった」と経営者自身が気持ちの中で整理をつけ、社員の人生の合理性を前提に対策を組み立てる必要があります。この前提の切り替えが、すべての打ち手の出発点になります。
人手不足倒産を回避する7つのポイント
| 番号 | ポイント | 要点 |
|---|---|---|
| 1 | 属人化の可視化 | 「この人が辞めたら終わる」キーパーソンを洗い出す |
| 2 | 辞める兆候の察知 | 7つのサインを知り、静かな退職を見逃さない |
| 3 | 情への期待を手放す | 長年いるから残るという前提を捨てる |
| 4 | 給料を長期視点で考える | 値上げも選択肢に。ケチると見えないコストがかさむ |
| 5 | エンゲージメントは設計問題 | やる気の低さは構造の問題として捉える |
| 6 | 辞めたくない会社の設計 | 引き止めではなく、辞めたくない状態を作る |
| 7 | 兆候を察する仕組み化 | 1on1をやりっぱなしにせず仕組みに落とす |
属人化を可視化する
1つ目は、「この人が辞めたら会社が終わる」という属人化をすぐに可視化することです。多くの場合それは社長ですが、社長以外にも危険なキーパーソンがいます。多くの顧客を抱えるスーパープレイヤー、社内のノウハウをすべて持っている社員、職場の人間関係を円滑にする潤滑油的な人などです。
業種によっては、有資格者が一定数いることが事業継続の条件になっているケースもあります。介護、不動産、建築などの業界では、資格者がいなくなると法律的に業務が続けられなくなります。こうした人材はとくに要チェックです。
その人が辞める可能性はゼロではありません。自主的な退職もあれば、体調を崩して倒れることもあり得ます。だからこそ、「もし辞めたらどうするか」を今から考え、代わりに育てる人は誰か、業務委託で補えるかといった対策を練っておく必要があります。何も考えていないと、1か月後に退職と言われた瞬間、引き継ぎも人探しも短期間でこなす羽目になります。
静かな退職の7つのサインを見逃さない
2つ目は、辞める兆候を早めに察知することです。退職まではいかなくても、やる気を失い、こなすだけの仕事になる「静かな退職」にも兆候があります。代表的なサインは7つです。会議での発言が減る、「まあいいか」「どうせ」といった言葉が増える、以前は積極的だったのに提案しなくなる、定時ちょうどに帰るようになる、有休取得が急に増える、身だしなみが急に整い始める、同僚との雑談が減る。
こうしたサインが出ているときは、ほぼ本人の中で決まっていることが多いものです。気づいたら早めにコミュニケーションを取り、これまでの承認や感謝、将来の期待を伝えることが第一歩です。ただし、それで何とかなると考えて後手に回るのは危険なので、同時にバックアップ策も進めてください。7つのサインに当てはまる人がいないか、幹部とも共有して洗い出しておくことをお勧めします。
「情で残ってくれる」という期待を手放す
3つ目は、長く勤めてくれているから残ってくれるはずだ、という期待を手放すことです。かつては他の選択肢が見えず、情や長期勤続が当たり前でした。しかし今は年収2倍の誘いや高待遇のオファーが日常的に届き、初任給や賃金総額の上昇もニュースで頻繁に目にします。
生活コストも上がり、将来不安から合理的に人生を考える人が増えています。辞めるとやばい人リストに入る社員については、辞めないためにどうするかと、辞めても困らないようにどうするかの2つの対策を、今すぐ始めていただきたいと思います。
給料を長期視点で考える
4つ目は、「給料を上げると利益が減る」という短期的な計算をやめることです。給料を上げると利益率が落ちるため、値上げも選択肢に入れる必要があります。今の市場環境では、値上げを一つの選択肢として真剣に検討してほしいところです。
給料には内部公平性と外部公平性の2つがあります。内部公平性は社内の評価ロジックの納得感、外部公平性は自分の市場価値や競合他社との比較です。過去20年ほど給料が上がらない時代は競合のリサーチが不要でしたが、今は給与ベンチマーキングをして平均値をモニタリングし、追随しておかないと人が辞めてしまいます。
給料を上げずに転職されると、採用コストがかかります。転職エージェントを使えば年収の何十%、媒体でも100万円かかることがあり、平均すると一人採用するのに最低でも100万円ほどかかります。さらに育成コストと時間もかかります。短期的には割に合わないように見えても、長期的には給料を上げるほうが割に合うのです。
ぜひ一度、採用コストがマーケットプライスでいくらか、一人前になるまでにどれくらいの期間がかかるか、その育成に上司や先輩が費やす時間を人件費換算すると何時間分か、業務が止まるコストはいくらかを計算してみてください。最近はAIに過去データを入れれば、一人前になるまでの期間の目安も出せます。そうすると、今いる社員の人件費を上げるほうが割に合うと気づけるはずです。
エンゲージメントの低さは設計の問題である
5つ目は、エンゲージメントの低さをやる気の問題ではなく設計の問題として捉えることです。日本の熱意ある社員はわずか6%と言われ、アメリカの30%超と比べて極端に低い水準です。しかし日本人はもともと真面目で優秀であり、やる気がないわけではありません。日本企業に入ると熱意ある社員が減るのは、構造の問題なのです。
自社の構造がエンゲージメントを高められないもの、あるいは下げるものになっていないかを疑う必要があります。エンゲージメントを構成する要素は5つあります。やりたい仕事ができているか、会社を信頼できるか、会社や商品が好きか、人間関係や納得ある評価・報酬があるか、今と今後の成長機会があるか、です。
社員が5つのうち何を重視するかは会社によって違います。人間関係の良さを求める人もいれば、安定と安心を求める人、やりたいことをやって正当に評価されることを求める人もいます。まず社員が何を求めているかを知り、どこに不満があるかをデータで把握することが出発点です。お金だけでは解決できないからこそ、お金をかけずに変えられる要素も多く、中小企業の経営者ほどエンゲージメントを学ぶ価値があります。
「辞めたくない会社にする」設計が唯一の正解
6つ目は、辞めさせないよりも、辞めたくない会社にする設計です。辞めようとしたら給料を上げるといった後手の対応はグダグダになります。引き止めるのではなく、辞めたくなくなる会社にすることが本質です。
そのために、社員に3つの実感を持ってもらうコミュニケーションが有効です。自分が役に立っているという貢献実感、自分は認められているという承認実感、前より成長できているという成長実感です。これらは会社の設計だけでなく、上司と部下の日々のコミュニケーションでも生み出せます。
さらに、会社の志やビジョン、経営者の思いやこだわりを何度も語ってほしいと思います。ここに共感し、貢献・承認・成長を日常的に実感できると、人は辞めません。これはお金以上の価値があり、お金をかけずにできることです。「分かっているだろう」と思わず、あえて言葉にすることが大切です。同僚同士で感謝を伝え合うピアボーナスの仕組みや、1on1での成長のフィードバックも有効な手段です。
辞める兆候を察知する仕組みを設計する
7つ目は、1on1をやっているだけでは意味がなく、辞める兆候を察する仕組みを作ることです。1on1が雑談で終わったり、上司が聞くだけで何もアクションを取らなかったりすると、部下は「言っても何も変わらない」と感じ、やがて本音を言わなくなります。
言われたことを受け止め、自分で変えられることは変え、会社の仕組みに関わることは経営者や人事部に連携する。ポイント2で挙げた兆候を察知したら、早く手を打つことが重要です。1on1をやりっぱなしにせず、上司自身が振り返るツールにしてください。
たとえば、1on1の後に月1回、無記名で社員にアンケートを取り、「この1on1は意味があったか」を統計データとして上司にフィードバックする仕掛けがあります。上司はアドバイスしたつもりが響いていなかった、意見を聞いたまま忘れていた、といった気づきを得られます。こうした仕組みを取り入れることをお勧めします。
解決策・打ち手
2つの対策を同時に走らせる
キーパーソンについては、「辞めないためにどうするか」と「辞めても困らないようにどうするか」の2つの対策を同時に進めます。片方だけでは、想定外の退職に耐えられません。代わりに育てる人材の選定や業務委託の準備を、今すぐ始めることが有効です。
採用・育成コストを数値で把握する
採用コストのマーケットプライス、一人前になるまでの期間、育成にかかる上司・先輩の時間を人件費換算した金額、業務停止のコストを計算します。一人採用するのに最低でも100万円ほどかかることを踏まえれば、今いる社員の人件費を上げる合理性が見えてきます。
組織を診断してデータで打ち手を決める
エンゲージメントサーベイを含む組織診断で、社員が何を求め、どこに不満があり、向上を阻む要素が何かをデータで把握します。感覚ではなくデータに基づいて手を打つことで、働きがいを感じる仕組みや構造を作れます。
3つの実感と志の共有を日常に組み込む
貢献実感・承認実感・成長実感を得られるコミュニケーションと、会社の志やビジョンの反復共有を日常に組み込みます。ピアボーナスや1on1でのフィードバックなど、具体的な仕組みに落とし込むことで再現性が高まります。
明日から着手する順番
- 「この人が辞めたら終わる」というキーパーソンを洗い出し、属人化を可視化する。
- 7つの兆候に当てはまる社員がいないか、幹部と共有しながらチェックする。
- 採用コストのマーケットプライスと、一人前になるまでの期間・育成時間を計算する。
- 競合の給与水準をベンチマーキングし、内部・外部公平性を点検する。
- 組織診断で社員が何を求め、どこに不満があるかをデータで把握する。
- 貢献・承認・成長の3つの実感を得られるコミュニケーションと志の共有を始める。
- 1on1を仕組み化し、兆候を察知したら早く手を打つ流れを整える。
よくある質問
人手不足倒産は最近どれくらい増えていますか?
直近で急増しています。件数は146件、313件、350件、そして441件と推移し、2025年は過去最多になりました。今後さらに増える可能性があります。
人手不足倒産の主な原因は何ですか?
構造の問題が原因です。働き手の減少、人件費の高騰、他社の選択肢が見える環境という3つが重なり、業績が良くても人がいなくて倒産します。
日本人はやる気がないから離職が増えるのですか?
違います。日本人は真面目で優秀です。熱意ある社員が6%と低いのは個人の問題ではなく、会社の構造がエンゲージメントを下げているためです。
辞めたら会社が終わるキーパーソンとは誰ですか?
社長以外の重要人物です。多くの顧客を持つ人、社内ノウハウを持つ人、人間関係の潤滑油になる人、法律上必要な有資格者などが該当します。
属人化を可視化するとなぜ良いのですか?
退職リスクに備えられるからです。誰が辞めると事業が危ないかを把握すれば、代替人材の育成や業務委託の準備を前もって進められます。
静かな退職のサインは何ですか?
7つあります。会議の発言減、「どうせ」等の増加、提案しなくなる、定時退社、有休増、身だしなみの変化、雑談減。複数当てはまれば要注意です。
辞める兆候に気づいたら手遅れですか?
まだ間に合います。早めに感謝や承認、将来の期待を伝えつつ、同時に辞めても困らないバックアップ策も進めることで被害を抑えられます。
長く勤める社員は残ってくれると考えて良いですか?
危険です。今は年収2倍の誘いも届く時代で、情だけでは残りません。ライフサイクル上お金が必要になる場面を前提に対策すべきです。
給料を上げると利益が減るのが不安ですか?
長期視点なら割に合います。短期では利益を圧迫しますが、辞められると採用に最低100万円、さらに育成コストと時間がかかるためです。
採用にはどれくらいコストがかかりますか?
一人あたり最低でも100万円ほどかかります。エージェントは年収の何十%、媒体でも100万円かかることがあり、加えて育成コストも発生します。
給料の公平性とは何ですか?
2種類あります。社内の評価ロジックへの納得である内部公平性と、市場価値や競合比較である外部公平性です。両方が離職に影響します。
給与ベンチマーキングは必要ですか?
必要です。過去20年は給料が上がらずリサーチ不要でしたが、今は外部データで平均値をモニタリングし追随しないと人が辞めてしまいます。
日本のエンゲージメントはどれくらい低いですか?
熱意ある社員は6%です。アメリカの30%超と比べて極端に低く、これは日本人のやる気ではなく会社の構造に原因があります。
エンゲージメントを構成する要素は何ですか?
5つあります。やりたい仕事、会社への信頼、会社や商品への愛着、人間関係と納得ある評価・報酬、今と今後の成長機会です。
中小企業でもエンゲージメントを学ぶべきですか?
むしろ学ぶべきです。お金だけでは解決できず、お金をかけずに変えられる要素も多いため、中小企業の経営者ほど効果があります。
辞めさせない対策と辞めたくない会社の違いは何ですか?
後手か先手かの違いです。辞めそうな人を引き止める対応はグダグダになります。最初から辞めたくない状態を設計するのが正解です。
社員に持ってもらうべき3つの実感とは何ですか?
貢献実感、承認実感、成長実感の3つです。役に立ち、認められ、成長していると日常的に感じられると、人は辞めにくくなります。
会社の志やビジョンを語る意味はありますか?
あります。志に共感し貢献・承認・成長を実感できると人は辞めません。お金以上の価値があり、あえて言葉にすることが大切です。
ピアボーナスとは何ですか?
同僚同士で感謝やポイントを送り合う仕組みです。上司以外からの承認を生み、場合によっては溜まったポイントを商品と交換できます。
1on1をやれば離職は防げますか?
それだけでは不十分です。雑談で終わったり上司が聞くだけだと本音が出ません。兆候を察知し早く手を打つ仕組みにすることが必要です。
まとめ
- 人手不足倒産は146件から441件へと急増し、2025年は過去最多になりました。原因は個人ではなく構造にあります。
- キーパーソンの属人化を可視化し、7つの静かな退職サインを幹部と共有して早期に察知することが第一歩です。
- 採用は一人あたり最低100万円かかるため、給料を上げる判断は短期ではなく長期視点で割に合います。
- 熱意ある社員は日本で6%と低く、これはやる気ではなく設計の問題です。組織診断でデータから打ち手を決めます。
- 引き止めではなく、貢献・承認・成長の3つの実感と志の共有で「辞めたくない会社」を設計することが本質です。
まずは自社のキーパーソンを1枚の紙に書き出すことから、今日始めてみてください。
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