採用に力を入れているのに、せっかく入った人がすぐ辞めていく。採用コストは年々膨らみ、人数は増えたはずなのに現場は前より忙しい。人材のレベルも上がった実感がない。とりあえず人を増やせば何とかなると考えて動いた結果、組織がぎくしゃくし始めている。そんな状態に陥る会社は少なくありません。
この現象は、採用担当者の力不足でも、入社した人の質の問題でもありません。採用を強化するほど崩れる構造と、強化するほど強くなる構造がはっきり分かれているという、設計の問題です。起業から26年間、国内外1,000社以上の組織に関わってきた森田英一が、採用強化が組織崩壊につながる5つの理由と、AI時代の選択肢を解説します。
採用を強化するほど組織が崩れる—現象のメカニズム
採用を強化すれば組織が強くなるように見えます。会社としても力を入れてくれていると受け取られ、お金も時間もかけている以上、良い結果が出ると期待されます。
ところが実際には、採用を強化するほど組織が崩れていく事例があります。うまくいったケースとうまくいかなかったケースには、共通したパターンがあります。企業が変わっても、同じ形で繰り返されます。
崩れる側の入り口になるのが、人数を先に決めることです。いつまでに何人という目標が先に立つと、判断の軸が質から数へ移ります。そこから妥協が始まります。
次に効いてくるのが、増えた人数そのものが生むコストです。人が増えるほどコミュニケーションのコストは指数関数的に増え、マネジメントの負荷も上がります。人を増やせば売上が上がるという想定は、少なくともすぐには実現しません。
さらに、育成の負荷が現場の中心人物にかかります。新しく入った人に社内の文脈を教えるのは、たいてい最も優秀で最も稼いでいる人です。その人の時間が内向きの仕事に奪われます。
そして仕組みがないまま人を入れると、人件費だけが先に出ていきます。優秀な人を採れば何とかしてくれるという期待で進めた結果、戦力化する前に離職が続き、育成コストだけが残るということが起きます。
ベンチャー企業では、あるタイミングでアクセルを踏み、一気に採用するケースが多くあります。うまくいった場合とうまくいかなかった場合の差も、この構造にあります。
はっきりしているのは、崩れる構造と強くなる構造が分かれているという点です。どちらに当てはまるかを確認しないままアクセルを踏むと、投じたコストがそのまま組織の負荷に変わります。
業務が発生したときの5つの選択肢
崩壊を避ける出発点は、採用を最初の手段にしないことです。業務が発生したときに検討できる選択肢は、現在は5つあります。
| 選択肢 | 内容 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 1 自分でやる | 責任者が自ら処理する | 量が少なく、判断が分かれない業務 |
| 2 メンバーに任せる | 既存の社員に委ねる | 育成の機会にもなる業務 |
| 3 外注する | 業務委託などで社外に出す | 変動費として持ちたい業務 |
| 4 AIに任せる | 全部または一部をAIで処理する | 繰り返しが多く、データで扱える業務 |
| 5 採用する | 正社員として迎える | 他の4つで対応できない場合 |
重要なのは順番です。まず今のメンバーでやるべきか、自分がやるべきか、メンバーに任せるべきか、外注すべきかを考えます。そのうえで、この業務はAIでもできるのではないかという検討を挟みます。
全部は無理でも、一部をAIに任せれば既存の社員で回せるという結論になることもあります。こうした検討を経たうえで残るのが、最後の手段としての採用です。
採用には採用フィーがかかり、その後の育成コストもかかります。活躍せずお荷物になってしまうリスクもあります。本当に採用が最善なのか、合理的な判断なのかを、あらためて問い直す必要があります。
5つを並べて比較できる状態にしておくと、採用ありきの判断を避けられます。順番を決めておくだけで、検討の質が変わります。
特にAIは、検討の順番に入れるかどうかで結論が変わることがあります。最初から選択肢に入っていなければ、比較の対象にすらなりません。
背景にある前提—採用は不可逆で、代替手段が増えた
一昔前は、他に手段がありませんでした。人手が必要になれば採用に走るのが当然であり、それで問題はありませんでした。
今は状況が変わりました。外注できる幅は大きく広がり、AIの進化によってAI社員という言葉も出てきています。AIエージェントを使えばナレッジが積み上がり、24時間365日、愚痴も言わず、途中で辞めることもありません。
選択肢は正社員か外注かの二択でもありません。その間に契約社員という形があり、まず業務委託で一緒に仕事をしてから正社員に移るという道も取れます。
実際、以前はどんどん正社員で採用する方針でしたが、現在は業務委託から始めるか、契約社員から始めるという形をほとんどの場合で取っています。まずお試しをして、お互いにこれで良いのかを確認してから決める方が、双方にとって良い結果になります。
その理由は、面接では見抜けないことがあるからです。正社員雇用を数回の面接だけで決めるのは、博打のような要素を含みます。シミュレーションやアセスメントを組み合わせても、実際に仕事を始めると想定と違うということは起きます。
採用の場では、応募する側も自分を良く見せようとします。限られた時間の中で判断しなければならない以上、精度には限界があります。そして採用は不可逆で、後から元に戻すのは簡単ではありません。だからこそ慎重に考える価値があります。
こうした背景から、採用を一旦止める、あるいは最低限に抑えるという判断をする会社も増えています。これまで積極的に採用してきた会社が、急ブレーキを踏んでいる状況です。
採用を強化するほど組織崩壊する5つの理由
崩れるパターンには共通点があります。5つに整理します。
| 理由 | 起きること | 引き金 |
|---|---|---|
| 1 数という妥協 | 基準の違う人が入り、一体感が薄れる | 欠員補充の焦りと人数目標 |
| 2 管理コストの増大 | リーダーの時間が調整と火消しに奪われる | 人数増によるコミュニケーションコスト |
| 3 教育負担のダブルパンチ | エースが内向きの仕事に取られる | 育成を現場の優秀な人が担う構造 |
| 4 カルチャーの希釈 | 文化が薄まり、新旧で派閥ができる | 短期間に多人数が入ること |
| 5 仕組みの欠如 | 戦力化せず人件費だけが増える | 人で解決できるという前提 |
1 数という妥協が組織の純度を下げる
最も起きやすいのが、欠員補充の場面です。誰かが辞めると、退職前に採用しなければ引き継ぎができない、その間の業務は誰がやるのか、しわ寄せで他の人まで辞めかねないという焦りが生まれます。
いつまでに採用しなければという状況で良い候補者が来ないと、穴を空けるよりはこの人の方がましだという判断になります。この妥協が、ボディブローのように効いてきます。
基準の違う人が入ると、周囲に違和感が生まれます。こちらはミッション・ビジョン・バリューやパーパスのために熱量を持って働いているのに、そうではないという姿勢が見えると、社内の一体感が失われていきます。
もう一つの引き金が、上からの人数目標です。いつまでに何人採用しろ、これがないと事業計画が達成できないという強いプレッシャーは、採用基準を下げる方向に働きます。質を妥協して数合わせをするくらいなら採用しない方がましだと、経営陣からも採用チームのリーダーからも明言しておく必要があります。
欠員補充と人数目標には、期限が先に決まるという共通点があります。期限が判断を支配すると、質の基準は形だけのものになります。
2 管理コストの増大がリーダーの思考を奪う
人が増えれば増えるほど、マネジメントは大変になります。コミュニケーションコストは指数関数的に増えていきます。
その結果、リーダーの時間は、顧客に付加価値を出す仕事ではなく、社内の調整や会議、問題が起きたときの火消しに奪われます。本来リーダーがやるべき仕事ができなくなります。
採用した人が一人前になるまでの期間も考慮が必要です。業務によってはすぐに戦力になる場合もありますが、1年、2年、3年かかる会社もあります。その間は管理コストが先行します。
多様性を進めるほど、この負荷は上がります。男女や国籍など多様な人が入るほどコミュニケーションコストと管理コストは増えます。多様性そのものは重要ですが、コストを見込まずに進めると、リーダーの機能不全という形で跳ね返ります。
一人前になるまでの期間を把握していないと、増員の効果を実際より早く見積もってしまいます。人数と成果の間にあるタイムラグを、計画に織り込んでください。
3 既存社員の教育負担によるダブルパンチ
新しく入った人は、中途であってもすぐに第一線で活躍できるわけではありません。社内の過去の文脈や事例を教える必要があります。
問題は、それを担うのが最も優秀な人だという点です。現場で最も稼いでいるエースが、顧客のところへ行って付加価値を出す仕事ではなく、内向きの育成に時間を使うことになります。
マネジメントコストと育成コストが同時にかかるため、ダブルパンチになります。そのエースがプレイヤーとして動いていれば得られたはずの成果も失われます。
さらに相性の問題が加わると深刻になります。育成の相手と噛み合わない、育成しても手応えがない、育ったと思ったら辞めてしまう。こうしたことが続くと、エース自身がメンタルを崩したり、やる気を失ったり、離職したりします。ここから組織崩壊につながるケースは実際にあります。
育成を任せる前に、誰にどれだけの時間を使ってもらうのかを見積もる必要があります。見積もらないまま任せると、現場の負荷が見えないまま積み上がります。
4 カルチャーの希釈と派閥の誕生
人数が少ないうちは、互いをよく理解し、阿吽の呼吸で通じる部分があります。この文化が組織の強さになっている会社は多くあります。
しかし短期間に多くの人が入ると、その暗黙の部分が理解されるまでに時間がかかります。一定数がまとめて入ってくると、文化は薄まります。
特に中途で入った人は、前の会社ではこうだったという話をします。それ自体は参考になる部分もありますが、自社が何を大事にしているのかがまだ伝わっていない状態では、摩擦になります。全員に丁寧に説明できるとは限りません。
その結果、新しく入ったメンバーと以前からいるメンバーの間に心理的な距離が生まれます。あいつらは分かっていない、前の会社ではと言われても困るという空気が生まれ、新旧のグループに分かれていきます。
文化は目に見えないため、薄まっていることに気づくのが遅れます。派閥として表に出た時点では、希釈はかなり進んでいます。
5 仕組みの欠如を人で解決しようとする
人が入れば何とかなる、優秀な人を採れば何とかしてくれる。この前提で採用を強化するパターンです。うまくいくこともありますが、条件があります。
条件とは、勝ちパターンとなる仕組みがすでにあることです。これならいけるという仕組みができている状態で人を入れると、一気にスケールします。
逆に、そこが甘いままスケールさせようとすると無理が出ます。人に依存する、属人性に依存するという状態で人数だけ増やしても、戦力化しません。
結果として、人件費ばかりが出ていき、戦力化する前に離職が続き、育成コストだけがかさむ。一気に赤字に転じるケースもあります。必要なのは、社員が早期に戦力化できる仕組みと育成の仕掛けです。
仕組みがあるかどうかは、人を入れる前に確認できます。既存のメンバーで再現性が出ているかどうかが、その目安になります。
解決策・打ち手
崩壊を避けるための打ち手を6つ整理します。
採用の前に5つの選択肢を検討する
業務が発生したとき、いきなり採用を検討しないことです。自分でやる、メンバーに任せる、外注する、AIに任せる、採用するという5つを順に検討します。
この検討を業務フローに組み込んでください。以前はこういう場面では採用していた、これは人でなければできないという判断は、一昔前の前提に基づいています。時代が変わった以上、前提から見直す必要があります。
この検討は、担当者の判断に任せず、書き出して比較する形にすると機能します。頭の中だけで進めると、いつもの選択肢に戻りやすくなります。
正社員の前にお試しの期間を置く
いきなり正社員として迎えるのではなく、業務委託や契約社員から始める選択肢があります。まず一緒に仕事をして、良ければ正社員へ移行するという流れです。
お互いにこれでハッピーなのかを確認してから決めた方が、双方にとって良い結果になります。面接だけでは見抜けない部分を、実際の仕事で確認できます。
お試しの期間は、会社側だけの判断材料ではありません。働く側にとっても、入ってから違ったと気づくリスクを下げられます。
1人あたりの採用コストと黒字化時期を計算する
1人採用すれば月々の給料を払えばよい、と考えがちですが、実際はそれだけではありません。採用エージェントの費用、採用広告の費用、面接にかける時間、入社後の育成にかける時間まで含まれます。
そのうえで、その社員が黒字社員になるタイミングがいつなのかを計算します。何か月、あるいは何年で黒字化するのかを一度出してみてください。
この計算をすると、安易に採用しようという判断はしにくくなります。冷静に考えるための材料として機能します。
計算した数字は、採用の判断だけでなく、育成をどこまで前倒しするかという議論にも使えます。黒字化を早める打ち手が見えてきます。
入社初日から自走できる準備をする
採用すると決めたなら、その人が入社初日から動ける武器を用意します。マニュアル、権限、AIツールなどです。
資料を渡して後は自分で何とかしてほしいという進め方は、もったいない運用です。船に乗ってもらい、自走できるまで伴走するオンボーディングを設計してください。期間は1か月か3か月か、会社や本人の経験値によって変わります。
準備の負担は、AIで下げられます。業務のデータを残しておけばマニュアルになりますし、作業の様子を動画で撮り、これをマニュアルにしてほしいと指示すれば形にできます。資料を作る時間がないという理由で省略しなくて済む時代になっています。
文化を明文化し、入れる人数を分ける
文化の希釈を防ぐには、阿吽の呼吸に頼らず言語化することです。自社が何を大事にしているのかを言葉にし、採用のプロセスから組み込みます。
加えて、一度に多くの人を入れない方法もあります。少しずつ分けて入れることで、文化を保ちながら受け入れられます。一気に入れた方が育成は効率的なので、ここは天秤にかける判断になります。
数のプレッシャーを質の基準で止める
新卒採用では、ターゲット人数から内定数、辞退率や歩留まりを見込んで設計します。しかし採用は競合の動きにも左右され、採りやすい年と採りにくい年があります。
採りにくい年ほど、数合わせの力が働きます。だからこそ、質を妥協するなら採用しないという方針を、経営陣と採用チームの双方であらかじめ共有しておくことが歯止めになります。
明日から着手する順番
- 今動いている採用が、5つの選択肢を検討した結果なのかを確認します。
- その業務のうち、AIや外注で対応できる部分がないかを洗い出します。
- 1人あたりの採用コストを、費用と時間の両面で計算します。
- その人が黒字社員になるタイミングが何か月後かを算出します。
- 正社員の前に、業務委託や契約社員から始める選択肢を検討します。
- 採用すると決めたら、マニュアル、権限、ツールを入社日までに用意します。
- 自社が大事にしている文化を言語化し、採用プロセスに組み込みます。
- 質を妥協するなら採用しないという方針を、経営陣と採用チームで共有します。
よくある質問
なぜ採用を強化すると組織が崩壊するのですか?
崩れる構造があるからです。数の妥協、管理コスト、育成負担、文化の希釈、仕組みの欠如という5つが重なると組織は弱くなります。
採用を強化すべきタイミングはいつですか?
勝ちパターンが決まったときです。この仕組みでいけると確認でき、市場の状況や競合とのスピード勝負で今だという局面が該当します。
欠員補充のときに気をつけることは何ですか?
焦りによる妥協です。引き継ぎやしわ寄せへの不安から、穴を空けるよりましだという判断になりやすい場面です。
人数目標のプレッシャーにはどう対応しますか?
方針を先に決めます。質を妥協して数合わせをするなら採用しないという基準を、経営陣と採用チームで共有しておきます。
数と質はどちらを優先すべきですか?
質です。基準を下げて入った人は周囲との違和感を生み、社内の一体感を損なう要因になります。
人が増えると何が起きますか?
管理コストが増えます。コミュニケーションコストは指数関数的に増え、リーダーの時間が調整や火消しに奪われます。
人を増やせば売上は上がりますか?
すぐには上がりません。一人前になるまでに1年から3年かかる会社もあり、その間は管理コストが先行します。
多様性を進めるとどうなりますか?
コストは上がります。男女や国籍など多様な人が入るほどコミュニケーションコストと管理コストが増えることを前提に設計します。
教育負担のダブルパンチとは何ですか?
2つのコストが同時にかかることです。マネジメントコストに加え、現場のエースの時間が育成という内向きの仕事に奪われます。
育成は誰が担当すべきですか?
担当の偏りに注意します。最も稼いでいる人に集中すると、成果の機会損失に加え、本人の離職リスクも高まります。
カルチャーの希釈とはどういう状態ですか?
文化が薄まることです。短期間に多人数が入ると、阿吽の呼吸で共有されていた部分が伝わらないまま人数だけ増えます。
新旧の派閥を防ぐにはどうしますか?
明文化します。阿吽の呼吸に頼らず、自社が大事にしていることを言語化し、採用のプロセスから伝えます。
一気に採用するのと少しずつ採用するのはどちらがよいですか?
目的によります。一気に入れる方が育成は効率的ですが、少しずつ分けた方が文化を保ちやすくなります。
仕組みがないまま採用するとどうなりますか?
人件費だけが増えます。戦力化する前に離職が続き、育成コストだけが残って赤字に転じるケースもあります。
採用の前に何を考えるべきですか?
5つの選択肢です。自分でやる、メンバーに任せる、外注する、AIに任せる、採用するの順で検討します。
AIはどこまで採用の代替になりますか?
一部でも代替できます。全部は無理でも一部をAIに任せることで、既存の社員で回せるという結論になる場合があります。
業務委託や契約社員から始める利点は何ですか?
相互に確認できることです。面接だけでは見抜けない部分を実際の仕事で確かめてから、正社員への移行を判断できます。
採用コストはどう計算しますか?
費用と時間の両方です。エージェント費用や広告費に加え、面接や育成にかける時間コストも含めて算出します。
黒字社員化とは何ですか?
その社員が利益を生み始める時点です。入社から何か月または何年でそこに到達するかを一度計算しておきます。
オンボーディングでは何を準備しますか?
3つです。マニュアル、権限、AIツールを入社初日までに用意し、自走できるまで伴走します。
まとめ
- 採用強化で崩れる原因は人ではなく、数を先に決めて仕組みを後回しにする構造です。
- 崩壊につながる理由は5つで、数の妥協、管理コスト、育成負担、文化の希釈、仕組みの欠如です。
- 業務が発生したときの選択肢は5つあり、採用は最後の手段として位置づけます。
- 正社員の前に業務委託や契約社員でお試しをすると、面接だけでは見抜けない部分を確認できます。
- 採用すると決めたら、1人あたりのコストと黒字化時期を計算し、初日から自走できる準備を整えます。
まずは今動いている採用について、1人あたりのコストと黒字社員になる時期を計算するところから始めてください。
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