経営理念を掲げてはいるものの、社員の誰も覚えておらず、使ってもいない。どこの会社にも当てはまりそうな綺麗な言葉が並び、額縁に飾られたまま機能していない——。そんな「お飾り経営理念」に心当たりのある経営者や人事担当の方は少なくないはずです。
この記事では、beyond globalグループの森田英一が解説する「お飾り経営理念の罠と、機能する経営理念の作り方」を紹介します。結論から言えば、理念が機能しないのは言葉のセンスの問題ではなく、原体験やストーリーという「土台」が抜け落ち、日々の仕組みに落とし込まれていないことが原因です。理念は額縁ではなく仕組みにすることで、はじめて組織を動かす力になります。理念づくりはうまく使えばパワフルですが、下手に小手先でやると逆効果が大きくなる点にも注意が必要です。
現象のメカニズム:なぜ理念は形骸化するのか
経営理念が機能していなくても、事業が時流に合えば短期的には売上が伸びます。しかし、それが持続するかどうかは社員の思いにかかっています。やらされ感やお金のためだけに働くのか、理念に沿って本当にやりたい仕事だと感じて働くのかで、行動の質が変わります。理念は作ること自体が目的ではなく、作った後に機能させて会社がより良くなることが目的です。
特に顧客と接する営業やカスタマーサポートといったフロントの人たちの行動は、放っておくとバラバラになります。会社として大事にすることやベクトルが揃っていると、顧客とのコミュニケーション品質が揃い、顧客がファンになっていきます。ここが理念の役割であり、社員の思いが揃っているほど効果は大きくなります。
逆に、理念に思いが乗っていないお飾り状態だと、社員がバラバラになり、クレーム対応の質もばらつきます。理念は会社を一体化させ、社員が生き生きと働き、事業を持続させるために不可欠なものなのです。
事業が時流に合えば、経営理念がなくても売上はボーンと伸びます。しかし理念がないと、クレームを言っても無視された、対応が悪かった、といったバラつきが生まれ、いろいろな社員が出てきてまとまりを欠きます。会社を一体化させ、社員が生き生きと働くうえで、理念は継続的に事業を持続させるための土台であり、社員が生き生きと働くために不可欠なものです。
理念を掲げた瞬間に組織が停滞する理由TOP3
お飾り理念があると、かえって組織が停滞し、逆効果になることがあります。「ない方が良かった」とすら言える3つの罠を、まず一覧で示し、その後に1つずつ解説します。
| No. | 罠 | 起きること |
|---|---|---|
| 1 | 個人的な思いを綺麗な言葉で薄めている | 思いが乗らず薄っぺらく見える |
| 2 | 社長が理念の唯一の正解者であり続ける | 社長の顔色を伺う不自由な組織になる |
| 3 | 評価制度が理念に矛盾している | 綺麗事に見え社員の心が離れる |
個人的な思いを綺麗な言葉で薄めている
「せっかくなら綺麗にしよう」と、体裁のいい言葉にしてしまう罠です。「世界中の笑顔のために」「革新的なテクノロジーで豊かな未来を創造する」のように、他社にコピーしても使い回せる言葉になりがちです。思いや原体験がないと、かえって薄っぺらく感じられます。
本来は社長や経営陣の思いや哲学が詰まっていて、そこに共感するからこの会社で働きたいというエネルギーになるものです。誰の思いも乗っていない理念を掲げると、経営者の薄っぺら感が出てしまいます。エゴと切り離しすぎず、消化した形でつなげることが大切です。
エゴと熱い思いの違いは、理念とつながっているかにあります。「金持ちになりたい」というエゴをそのまま出しても共感は生まれませんが、「お金持ちになったが幸せでない自分に気づき、そこからこの理念に昇華した」という物語があれば、強い共感を得られます。エゴは本音でもあるため、そのまま出すのではなく、少し整えて消化させることがポイントです。
社長が理念の唯一の正解者であり続ける
理念は抽象度が高く綺麗な言葉であるがゆえに、解釈が分かれます。「挑戦」と書いてあるからと社員が何でも挑戦すると、社長は「そこまでの挑戦はダメ」と線を引きます。その線引きが曖昧なまま社長がずっとジャッジし続けると、「社長に聞かないと分からない」「好き嫌いだ」となります。
本来、理念の言葉の背景には原体験や経営陣の思いというストーリーがあります。そのストーリーが共有されていれば、社員それぞれが判断でき、共感して主体的に動ける自走する組織の土台になります。ストーリーがないと、理念が不自由なものに感じられてしまいます。
理念は本来、ある種の体験の物語に共感し、「自分もそれを大事にしたい」という思いが社員一人ひとりに根付いていくものです。自分の中のストーリーと理念がつながっていくプロセスが大事なのです。そこがないと、答えを持っているのは社長で、いつも顔色を伺い、好き嫌いで決まると感じ、理念が不自由なものに映ってしまいます。
評価制度が理念に矛盾している
理念で「挑戦」と言いながら、評価制度はミスをしたら減点、という矛盾です。挑戦しろと言うのにミスは許されないとなると、社員から見れば理念は綺麗事に映ります。ビジョン・戦略・実行のミスマッチであり、一貫性のなさが社員の心を離れさせます。
ビジネスの性質上ミスが許されない場合でも、どこまでの挑戦がOKかの線引きがないと、言葉だけでは矛盾に見えます。理念に評価制度を合わせるか、評価制度に理念を調整するか、どちらかで一貫性を持たせる必要があります。
よくあるのは、先に「ミスがないように」という評価制度があり、後から「社員の挑戦が足りない」と挑戦を掲げた理念を作るケースです。制度と理念が別々に走ると、願望としての理念だけが浮いてしまいます。一貫性がないと社員の心が離れるメカニズムが生まれるため、理念と制度のどちらかを合わせて整合させることが欠かせません。
背景にある前提:理念はストーリーで生きる
理念が機能するかどうかは、言葉そのものより背景のストーリーで決まります。日本企業の例として分かりやすいのが宅急便です。今でこそ個人が手軽に荷物を送るのは当たり前ですが、かつては小口配送は採算が合わず、どの運送会社もやりませんでした。
大和運輸の小倉昌男氏は、地方の祖母が孫にりんごを送りたい、子供に地元の米を送りたいといったニーズを叶えるサービスがないのはおかしいと考え、宅急便を始めました。当時の運輸行政とも激しくバトルし、周囲にバカにされながらも押し進めた実話があります。
かつては小口の荷物を1個ずつ配達しても採算が合わず、留守なら再配達が必要で手間もかかりました。時間指定や再配達の仕組みが整っていなかった時代に、料金も安く、ビジネスモデルとして成り立たないとされていたのです。それでも小倉氏は「そういうニーズを叶えるサービスがないのはおかしい」と考え、行政の規制ともバトルしながら実現させました。
大和運輸の理念は「豊かな社会の実現に貢献する」です。言葉だけなら他社にもありそうですが、命がけで実行した背景を知ると、じわりと重みが伝わります。原体験・ストーリー・実際に取った行動・歴史が、社員にとっての心の寄り所であり精神的支柱になるのです。ストーリーがあってこその言葉であり、それがないとペラペラに見えてしまいます。
解決策・打ち手:最強の経営理念を作る3ステップ
社員の一体感を生み、自走の精神的な寄り所になる理念を作るための3ステップを解説します。
ステップ1:ソースの棚卸し
ソースとは源、つまり事業を始めた元や最初の動機です。動機は「モテたい」「見返したい」といった不純なものでも構いません。社会貢献という綺麗なものの手前にある、個人の欲望や本音をもう一度棚卸しすることから始めます。
他社の理念をリサーチして切り貼りするのはありがちな失敗です。まず自分がなぜこの事業をやろうと思ったか、この会社に魅力を覚えたきっかけは何かを書き出します。さらに、人生で「これは許せない」と感じる世の中への憤りや社会課題が、今の事業とつながっていないかも棚卸しします。
創業社長でない場合も、自分がこの事業に魅力を覚えたきっかけや、この会社に入るきっかけは何だったかを書き出してみることが有効です。個人的にこの事業を始めた体験と、社会に対する思いを棚卸しし、その2つがつながってくると理念はとてもパワフルになります。
お金持ちになりたいという動機なら、稼いだ先にどんな景色を見たいのか、どんな世の中になったらいいのかまで掘り下げます。経営者だけでなく、共感して集まったコアメンバーの思いも加えると深みが出て、共感が得られやすくなります。
すでに社員がいる会社の場合も、まずは旗振り役である経営者がどんな思いでこの事業を始めたか、どんな原体験があるかを土台にします。そのうえで、理念を作るチームにコアメンバーや創業時から関わったメンバーを入れ、「自分はここに共感したから入った」という思いを重ねていくと、共感の幅が広がります。社長の思いと社員が共感するポイントは違うことがあるため、共同チームで作る方が効果的です。
ステップ2:志への昇華と接続
個人の原体験や憤りを、他の人が共感できる公的な「志」に昇華し翻訳します。「モテたい」への共感者は多くありませんが、たとえば「もっと楽に稼ぎたい」という思いを「無駄な仕事を駆逐して人間の創造性を解放する」という理念に変換すると、共感が広がります。
個人のエゴは他の人も持っているものです。だからこそ、それをみんなの言葉に変えていきます。会社がやっていることと個人の原体験を接続する作業であり、エゴこそが組織を動かす原動力になるという理解が大切です。
たとえば「ちやほやされたい」という欲求も、多くの人が少なからず持っています。それを「誰もが自分の強みや自分らしさで賞賛される世の中を作る」という志に翻訳すれば、共感が得られます。自分と同じような原体験や思いを持つ人が共感できる形に、「世の中をもっとこうしたい」という思いを言葉にして志にまとめていくのです。理念づくりでエゴを出してはいけないと思う人は多いのですが、実はそここそが組織を動かす原動力になります。
ステップ3:日々の行動につなげる仕組みづくり
理念は額縁ではなく仕組みにする必要があります。経営理念はミッション(目的・パーパス)、ビジョン(目指す先)、バリュー(行動規範・行動指針)の3要素で成り立つことが多く、特にバリューを評価制度とつなげることが重要です。
多くの会社では、理念は額縁に入れて壁に飾ってあるだけ、あるいはたまに唱和するだけになりがちです。見たことはあっても、誰も共感せず、覚えてもいなければ使ってもいない状態です。作って終わりではなく、これをどうやって日々の活動の仕組みに落とし込めるかが問われます。ミッションは存在目的、ビジョンは目指す先、バリューは日々どんなことを大切に行動すればいいかの基準を示します。
直接評価項目にする方法のほか、上司と部下がコミュニケーションを取るツールとして機能させる方法があります。人事評価に入れるのが大変なら、係長や課長に昇格する際に行動規範を体現しているかを基準にする、360度サーベイで周りから見てもらう、といったやり方も有効です。
行動規範に沿った行動、あるいは沿わない行動を上司が見て、上司と部下のコミュニケーションのツールにするのが一つの方法です。360度サーベイは、たとえば「チームワークを大事にする」という行動規範がある場合に、個人プレーだけでなくチームワークを実践しているかを周りから見てもらえます。上の人からは見えにくく下の人からは見える行動があるため、上司だけの評価ではずれることを防げます。
現場ストーリーを共有する
言葉だけでは抽象度が高すぎて伝わりません。「誠実」も、どのレベルの誠実さかは現場のリアルなストーリーで具体化されます。クレーム対応で真摯に向き合い顧客がファンになった、こんな挑戦をして喜ばれた、といった事例を共有すると理念が生きてきます。
週に1回の朝礼やミーティングで、社員が持ち回りで「今週の理念ストーリー」を語る場を設けるのがおすすめです。社長だけでなく社員一人ひとりのストーリーが重なると、共感の輪が生まれ、この会社で働く意味が育まれ、経営哲学になっていきます。
他人のストーリーを聞くと、「自分もそういう風にお客さんと向き合おう」「こういう挑戦をしてみよう」とイメージが湧きます。この現場のリアルストーリーを定期的に話し合い共有する場があると、理念が浸透していきます。特に良いストーリーは全社員の前で発表したり、冊子にまとめたり、ホームページで紹介したりすると、実践する人が増えていきます。社員のストーリーと理念が重なると、他社ではなくこの会社がいいという理由になっていくのです。
採用の踏み絵にする
理念の背景にあるストーリーを採用時にも語り、自社に合わない人はどういう人か、合う人はどういう人かを言語化して伝えます。良いことだけを見せて入社後に「聞いていた話と違う」となると、パフォーマンスもエンゲージメントも落ちます。
価値観が違うと双方が不幸になるため、少しでも違うと思えば「うちの会社には来ない方がいい」と正直に伝える方がよいのです。採用の踏み絵にすることで、組織が軸を持ってどんどん強くなっていきます。
たとえば、ワークライフバランスよりお客様重視という会社なら、それによって顧客に迷惑をかける人はお断りしていると先に伝えた方がよいのです。自社に合わない人・合う人を言語化して伝え、相手に選んでもらう。良いことだけを見せてお化粧した部分だけで採用すると、入社後のミスマッチが大きくなります。何のためにやるのかという思いと、日々大事にする価値観を最初に共有し、価値観が違えば来ない方がいいと伝えることで、組織のアラインメントが取れていきます。
明日から着手する順番
- 今の理念が「思いが薄い・社長頼み・評価と矛盾」のどれに当てはまるかを点検する。
- 他社の理念を参考にする前に、自分が事業を始めた動機や原体験を書き出す。
- 人生で許せないと感じる社会課題と、今の事業のつながりを棚卸しする。
- コアメンバーの共感ポイントも集め、個人のエゴを公的な志に翻訳する。
- ミッション・ビジョン・バリューに整理し、特にバリューを評価制度とつなげる。
- 週1回、社員が持ち回りで現場の理念ストーリーを共有する場を作る。
- 理念のストーリーを採用に組み込み、合う人・合わない人を言語化して伝える。
よくある質問
お飾り経営理念とは何ですか?
思いが乗っていない形だけの理念です。誰も覚えず使わず、額縁に飾られたまま機能していない状態を指します。
理念が機能しなくても売上が上がっていれば問題ないですか?
短期的には問題ありません。ただし持続するかは社員の思い次第で、理念がないと行動がバラバラになり長期的に弱くなります。
理念があるとかえって組織が停滞するのはなぜですか?
お飾り理念が逆効果になるからです。思いが薄い、社長頼み、評価と矛盾の3つの罠があると、ない方が良かった状態になります。
綺麗な言葉の理念の何が問題ですか?
思いや原体験が乗らない点が問題です。他社にコピーしても使い回せる言葉だと、経営者の薄っぺら感が出てしまいます。
エゴと熱い思いの理念は何が違いますか?
理念とつながっているかが違います。エゴをさらけ出しつつ理念に昇華されていれば共感を生み、むしろパワフルになります。
社長が理念を判断し続けると何が起きますか?
社長頼みの不自由な組織になります。ストーリーが共有されず、社員が好き嫌いだと感じて主体的に動けなくなります。
ストーリーが共有されるとどうなりますか?
社員が自分で判断できるようになります。共感して主体的に動ける、自走する組織のベースになります。
評価制度が理念と矛盾するとどうなりますか?
社員の心が離れます。挑戦と言いながらミスを減点するなど一貫性がないと、理念が綺麗事に見えてしまいます。
宅急便の例は何を示していますか?
ストーリーが理念を生かすことです。小倉昌男氏の実話が「豊かな社会の実現」に重みを与えています。
最強の経営理念はどう作りますか?
3ステップで作ります。ソースの棚卸し、志への昇華と接続、日々の行動につなげる仕組みづくりの順で進めます。
ソースの棚卸しとは何ですか?
事業を始めた源を棚卸しすることです。動機や原体験、許せない社会課題を書き出し、綺麗事の手前にある本音を掘り起こします。
不純な動機でも理念の土台になりますか?
なります。モテたい、見返したいといったエゴこそ、志に昇華すれば組織を動かす原動力になります。
志への昇華とは何ですか?
個人のエゴを公的な志に翻訳することです。「楽に稼ぎたい」を「無駄な仕事を駆逐し創造性を解放する」に変える作業です。
経営理念は何の要素で成り立ちますか?
3つの要素です。ミッション(目的)、ビジョン(目指す先)、バリュー(行動規範)で構成されることが多くあります。
理念を仕組みにするにはどうすればいいですか?
バリューを評価制度とつなげます。評価項目にする、昇格基準にする、360度サーベイで見てもらう方法があります。
現場ストーリーの共有はどう行いますか?
週1回、持ち回りで語ります。朝礼やミーティングで社員が理念にまつわる実体験を共有すると、理念が浸透します。
社員のストーリーを共有する効果は何ですか?
共感の輪が生まれる点です。社長だけでなく社員のストーリーが重なると、働く意味が育ち経営哲学になります。
採用の踏み絵にするとはどういう意味ですか?
合う人・合わない人を言語化して伝えることです。理念の背景を採用時に語り、価値観が違う人には来ないよう伝えます。
採用時に理念を伝えないとどうなりますか?
入社後のミスマッチが起きます。聞いていた話と違うとなり、パフォーマンスもエンゲージメントも落ちてしまいます。
ビジネスは金儲けの箱ではないとはどういう意味ですか?
意味が人を動かすということです。お金だけなら転職しますが、働く意味があれば社員は頑張れ、自走につながります。
まとめ
- 理念が機能しないのは言葉の問題ではなく、原体験やストーリーという土台が抜けていることが原因です。
- お飾り理念には「思いが薄い・社長頼み・評価と矛盾」という3つの停滞の罠があります。
- 理念は背景のストーリーで生き、宅急便のように実話があってこそ言葉に重みが出ます。
- 作り方は、ソースの棚卸し・志への昇華・日々の仕組みづくりの3ステップです。
- 理念は額縁ではなく仕組みにし、評価制度・現場ストーリー・採用とつなげることが鍵です。
ビジネスは金儲けのためだけの箱ではありません。お金だけならより給料の高いところへ移りますし、上司と馬が合わなければすぐ辞めてしまいます。しかし人間は意味の動物であり、意味を感じ思いに共感できれば頑張れます。まずは他社の理念を参考にする前に、自分自身が事業を始めた動機と原体験を書き出すところから始めてみてください。
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