経営者やマネジメント層になると、若手の頃と違って自分をどう成長させればいいのか分からなくなる——。ある程度成長した人と見なされて研修の機会も減り、成長の指針を見失っている経営者やリーダーは少なくないはずです。
この記事では、beyond globalグループの森田英一が解説する「成人発達理論」を紹介します。結論から言えば、上に立つ人の成長が止まるのは能力の限界ではなく、成長の補助線を持っていないという「構造」が原因です。大人になっても知性は発達し続けます。スキルや知識という水平的成長だけでなく、人間の器を広げる垂直的成長という軸を持つことが、リーダーの成長を支えます。この理論を知ると、次にどう成長すればいいかの指針が見えてきます。
現象のメカニズム:なぜ大人の成長は止まるのか
「子供は成長するが大人になると止まる」というイメージがありますが、大人になってからも知性は発達し続けます。これを示すのが成人発達理論です。社会人になったらスキルを身につければいい、という風潮が誤解を生んでおり、大人もアップデートし続ける必要があります。
大人になってからのアップデートには、方向性を示す補助線がありません。そのため、どちらに向かえばいいか分からず、これでいいかと思いがちになります。特に上に立つ人ほど、成長の指針が見えにくくなります。だからこそ、発達の方向性を示す成人発達理論という補助線が役立ちます。
成長には2種類あります。英語やAI、経営スキルが身につく「水平的成長」と、人としての器を広げる「垂直的成長」です。器が小さいとリーダーとして尊敬されず、人が動いてくれません。特に変化が激しく複雑性が増す今、過去の成功体験だけでは通用しないのです。
ビジネスリーダーほど、時代をリードするために自分の世界観を広げていく必要があります。そのための補助線が成人発達理論です。海外や中国などの企業と付き合うと、上の人ほど学び、いろいろな成長のプロセスを歩んでいることが分かります。
経営者は学習欲があり、会計やマーケティング、経営理論などを学ぶ人が多くいます。それはそれで大事なことですが、スキルや知識という軸とは別に、もう一つの成長軸があります。それが人間の器をどう広げていくかという軸です。この軸を持たないまま学び続けると、どちらに向かえばいいか分からず、これでいいかと現状にとどまりがちになります。
全体像を示すフレーム:発達の5段階モデル
成人発達理論には諸説ありますが、ここではハーバード大学のロバート・キーガン博士が提唱する、最も広まっている5段階モデルを紹介します。シンプルで最も王道のモデルです。細かく分けるとさらに多くの段階に分ける説もありますが、まずはこの王道の5段階を押さえるのが分かりやすいでしょう。まず一覧で示し、その後に各段階を解説します。
| 段階 | 名称 | 特徴 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 具体的思考段階 | 子供の段階。言葉を覚え具体的に考える |
| 第2段階 | 利己的段階 | 自分の欲求を満たすことを最優先する |
| 第3段階 | 環境順応段階 | 他者視点を持ち、相手や組織に合わせる |
| 第4段階 | 自己主導段階 | 自分はどうしたいかを持ち、自己決定する |
| 第5段階 | 自己変容・相互発達段階 | 互いに学び合い、自己を拡大し続ける |
第1段階:具体的思考段階
子供の段階です。言葉を覚え、具体的に自分で考えられるようになる発達の入り口にあたります。すべての人がここから成長を始めていきます。この段階は主に子供時代に通過するもので、大人の発達を考えるうえでは出発点として位置づけられます。
第2段階:利己的段階
自分の欲求を満たすことを最優先する利己的・エゴな段階です。他者を自分の欲求を満たす道具のように捉えてしまうこともあります。人間は誰しも、こうした段階を経ることがあるとされています。この段階自体が悪いわけではなく、発達の一つのプロセスとして位置づけられています。
第3段階:環境順応段階
自分のやりたいようにやる段階から、「お客様にどう喜んでもらうか」「会社で期待されることに合わせる」という相手視点が育まれる段階です。コミュニティや他者視点を大事にする姿勢が身につきます。新入社員には、この環境順応が求められることが多くあります。
学校でも社会でも、自分がどうしたいかだけでなく、相手に合わせることが求められます。上司から言われたことにどう対応するか、お客様の期待にどう応えるかを大事にする段階です。相手視点を持つこと自体は重要な発達ですが、ここにとどまると自分の意思が育ちにくいという側面もあります。日本の会社では、この段階の順応力が高い人が優秀と評価されることも多くあります。
第4段階:自己主導段階
相手に合わせるだけでなく、「あなたはどうしたいのか」という自己決定が求められる段階です。管理職やリーダーになると、上司やお客様の期待に応えるだけでなく、自分の思いを持って責任感を持って推進することが必要になります。経営者はこの段階を完成形と捉えがちです。
部下や同僚と一緒に、リーダーとして責任を持ちながら「私はこうやりたい」という思いで推進していくのがこの段階です。強いリーダーはパワフルで良さそうに見えますが、「俺が上でお前は下だから従え」という関わりに陥りがちで、それでは人がついてこないという壁にぶつかることがあります。ここを越えるには、自分の正しさを一度手放す必要があります。
第5段階:自己変容・相互発達段階
「私はこうしたい」という強いリーダーの先にある段階です。多様な人と働く時代に「俺はこうだ」だけでは共感を得られません。立場として社長や経営者をやっていても、一人の人間として互いに学び合い、自分をどんどん拡大していく段階です。周りの意見を集められるリーダーが、これから求められます。
今は女性やLGBTの方、外国人、定年後に再雇用された方など、多様な人と一緒に働く時代です。「俺はこうなんだ」だけでは、この人のことが分からない、共感が得られないとなります。答えが分からず変化も激しく、人間よりAIが賢くなる時代に、どう事業を拡大すればいいかは誰も答えを知りません。だからこそ、周りの意見を集め、自分をアップデートし続ける第5段階のリーダーが求められます。器の拡大には、以前の動画で解説したU理論のような方法論も役立ちます。「俺が上でお前は下だから従え」という関わりは第4段階に置きがちで、それでは人がついてこない壁にぶつかります。互いに一人の人間として学び合い、自分も拡大していくのが第5段階です。
背景にある心理:成長には痛みが伴う
各段階の移行には成長痛が伴います。第3段階から第4段階へ移るとき、これまで周りに合わせ期待に応えることが優秀とされてきた人が、答えのない問いに対して「自分はどうしたいか」を、リスクを取って決めなければならなくなります。多くの人がここに難しさを感じます。
ここでリーダーの孤独を感じます。今までは誰かが守ってくれ、上の人に聞けばよかったのが、時には人に嫌われても決めなければなりません。短期的には反発があっても長期的にはいいことがある、という痛みを伴う意思決定に向き合う必要があります。誰かの期待に応えることで承認欲求が満たされていた状態から、居心地の悪さを引き受ける段階へと移るのです。
第4段階から第5段階への移行も大きな痛みを伴います。自分の中で確立した勝ちパターンや成功法則を手放し、自分も完璧ではないと認めなければならないからです。過去の自分を捨てることでもあり、怖さを感じますが、困難にぶつからないと次の段階へは進めません。
第4段階では、自信満々になって「全部従え」という状態に陥ることがあります。自分なりの正義を持ちパワフルではあるものの、自分と違うタイプの人を理解できず、「相手が間違っている」と思いがちです。しかし困難や時代の変化にぶつかり、「あのときは視野が狭かった」と気づくことで、次の段階へと進めます。U理論で言う恐れの声が来るのも、このサインの一つです。自己否定ではなく発達が進んでいると捉えることが、乗り越える助けになります。
背景にある前提:水平的成長と垂直的成長
リーダーの成長を考えるうえで、2つの軸を区別することが前提になります。スキルや知識を身につける水平的成長と、人間の器を広げる垂直的成長です。多くの経営者は水平的成長ばかりに意識が向きがちですが、両方の軸を意識することが大切です。
リーダーとして完璧な答えを出さなければ、正しくあらなければと思いがちです。答えが分かっている時代ならそれでよいのですが、今は答えが分からず複雑で変化が激しい時代です。だからこそ、自分の器を広げ、周りの意見を集められるリーダーが求められます。垂直的成長という補助線を知ると、次にどう成長すればいいかの目標が見えてきます。
スキルや知識の水平的成長は、英語ができる、AIが使える、経営スキルが身につくといった、目に見えて分かりやすい成長です。一方の垂直的成長は、人としての器の拡大であり、外からは見えにくいものです。だからこそ意識しないと後回しになりがちですが、リーダーにとってはこの器の拡大こそが、多くの人を巻き込みビッグビジョンを描く力の源になります。器が広がると、見えていなかった世界観を許容できるようになり、より大きなビジョンを描けるようになります。
解決策・打ち手:器を広げる方法
人間的な器、つまり垂直的成長を促す具体的な方法を3つ解説します。他者の眼鏡を借りる、アウェイな環境に身を置く、深い内省を行うという3つです。いずれも、自分ひとりの視点から抜け出し、囚われを解放していくための実践です。
他者の眼鏡を借りる
自分のものの見方だけでなく、他の人からどう見えているかを知ることが大切です。リーダーほど他者への影響力が大きい一方、上の立場になるほど本音や耳の痛いことを言ってもらえなくなります。そこで匿名の360度フィードバックが有効です。匿名だからこそ本音が出てきます。
360度フィードバックでは、リーダーに求められる要素を自己評価すると同時に、部下や上司にも評価してもらいます。匿名にすると耳の痛い意見が数多く出てきます。半年に1回続けると、最初は忖度で高かった点数が、本音を求めるうちに下がっていくこともあります。ショックは受けますが、それが自分を見つめ直す貴重な材料になります。
自分と違う眼鏡が来ると「間違っている」と思いがちですが、それは正しいか間違いかではなく、相手の立場からそう見えたという事実です。複数の人が同じことを言うなら、その事実を受け止め、自分はどうありたいか、どんな影響を及ぼしたいかを考えることが重要です。仕事の関係者だけでなく、パートナーや親友にも聞いてみると、より深く向き合えます。
360度フィードバックは、ただアンケートを取って見るだけでは心に響かず、言い訳したくなります。もらったレポートをもとに、質問やフィードバックが出尽くすまで対話する形にすると、深く向き合えます。最初はみんな忖度して点数が高くても、本音で言ってほしいと伝えると点数が下がり、ショックを受けることもあります。しかしそれが自分を見つめる大きなきっかけになり、人間的成長に役立ちます。他者の眼鏡を借りることは、器を広げるうえで非常にパワフルな方法です。
アウェイな環境に身を置く
仕事一筋で結果を出してきた人ほど、全く関係のない場に身を置くことが有効です。親同士のコミュニティ、上下関係のない趣味の場など、仕事と関係ない場で自分がどう振る舞うかを体験します。仕事ではトップだった人が、そこでは下っ端の体験をすることに意味があります。
仕事で結果を出す超優秀な人でも、周りと距離があるケースがあります。合理性の中で結果を出すことに真摯に向き合ってきた人ほど、仕事と関係ない場に一度身を置くと、そこでの自分と仕事での自分の違いに気づけます。全く違う場での葛藤が、固まった価値観をほぐしてくれます。
大企業とスタートアップ、NPO、社会起業家、地方の団体、PTAなど、コミュニティが違うと価値観も違います。アウェイな環境に行くと、正しいと思い込んでいた価値観が打ち砕かれる瞬間があります。理解できない相手や居心地の悪い場所で葛藤を感じることが、器を広げるのに役立ちます。海外でさまざまな場を訪ねるのも有効です。
仕事ではトップの人が、趣味の場では下っ端を体験すると、仕事ができない時の感覚を思い出せます。長く封印していた活動を再開し、若くて上手な人に囲まれて劣位を体験することも、視野を広げます。海外では旅行だけでなく、老人ホームや学校など興味のある場を見学しインタビューすると、自分がいかに狭い世界にとどまっていたかを知れます。
深い内省を行う
体験やフィードバックを経て、深い内省(リフレクション)を行います。「なぜあのときうまくいかなかったのか」「リーダーは強くあるべきと思っていたが、強くやるとメンバーが離れていくのはなぜか」と、自分の固定観念を疑ってみます。違う形でうまくいっている人を研究することも有効です。
体験して終わり、フィードバックをもらって終わりでは、器は広がりません。得た体験や他者の視点を、じっくり内省して意味づけることで、はじめて自分のものになります。海外の社会課題に向き合うプログラムや、360度フィードバックからの内省を、問いかけやグループコーチングと組み合わせると、大人の発達の支援として効果的です。
これは自己否定ではなく、発達段階が一段上がっているのだと捉えると気持ちが楽になります。過去の自分がダメだったのではなく、大人の階段を登っているという感覚で向き合うことが大切です。囚われから徐々に解放されていくプロセスとして、内省を位置づけます。
「リーダーは強くあるべきと思っていたが、強くやるとメンバーが離れていく」「あの強くないリーダーがなぜうまくいっているのか」と、他者を観察し自分との違いを詰めてみることも有効です。自分の固定観念を疑い、違う形で成功している人を研究することで、これまでのとらわれから抜け出せます。体験・フィードバック・内省を組み合わせることで、器の拡大が進んでいきます。
明日から着手する順番
- 成人発達理論の5段階を知り、自分が今どの段階かを把握する。
- スキル・知識の水平的成長だけでなく、器を広げる垂直的成長を意識する。
- 匿名の360度フィードバックを受け、耳の痛い声を事実として受け止める。
- そのレポートをパートナーや親友にも見せ、言い訳せずに意見をもらう。
- 仕事と関係ないアウェイなコミュニティに、一つ身を置いてみる。
- 体験やフィードバックを深い内省でふり返り、固定観念を疑ってみる。
- 他者を評価する道具にせず、あくまで自分の成長の補助線として使う。
よくある質問
成人発達理論とは何ですか?
大人になっても知性が発達し続けるという理論です。人間の器を広げる垂直的成長の補助線となる考え方です。
大人になると成長は止まりますか?
止まりません。子供のように見た目は変わらなくても、大人になってからも知性は発達し続けるとされています。
水平的成長と垂直的成長の違いは何ですか?
対象が違います。水平的成長はスキルや知識、垂直的成長は人としての器を広げることを指します。
なぜリーダーに垂直的成長が必要ですか?
器が影響力を左右するからです。器が小さいと尊敬されず人が動かず、変化の時代に対応できなくなります。
発達の5段階とは何ですか?
キーガン博士のモデルです。具体的思考、利己的、環境順応、自己主導、自己変容・相互発達の5段階があります。
第2段階の利己的段階とは何ですか?
自分の欲求を最優先する段階です。他者を欲求を満たす道具のように捉えることもある、エゴな段階を指します。
第3段階の環境順応段階とは何ですか?
相手視点が育つ段階です。会社やお客様に合わせ、コミュニティや他者視点を大事にする姿勢が身につきます。
第4段階の自己主導段階とは何ですか?
自己決定が求められる段階です。相手に合わせるだけでなく「自分はどうしたいか」を持って推進していきます。
第5段階の自己変容段階とは何ですか?
互いに学び合う段階です。「俺はこうだ」を超え、一人の人間として学び合い、自己を拡大し続ける段階です。
第4段階が完成形ではないのですか?
完成形ではありません。その上に第5段階があり、多様な人と働く時代には自己変容が求められます。
第3段階から第4段階の壁は何ですか?
孤独と自己決定です。答えのない問いにリスクを取って決め、時に嫌われても意思決定する必要が生じます。
第4段階から第5段階の壁は何ですか?
成功パターンの手放しです。確立した勝ちパターンを手放し、自分も完璧でないと認める怖さを伴います。
器を広げる方法は何ですか?
3つあります。他者の眼鏡を借りる、アウェイな環境に身を置く、深い内省を行うことが有効です。
360度フィードバックはなぜ有効ですか?
本音が出るからです。上の立場ほど耳の痛い声を聞けなくなるため、匿名で他者の視点を得られます。
360度フィードバックで意見が矛盾したらどうしますか?
事実として受け止めます。人によって見え方は違うため、その事実を踏まえ自分はどうありたいかを決めます。
パートナーにも見せるのはなぜですか?
向き合わざるを得なくなるからです。最も理解している相手からの言葉が重なると、言い訳ができなくなります。
アウェイな環境に身を置く効果は何ですか?
価値観が打ち砕かれることです。仕事と違う場で葛藤を感じると、正しいと思い込んでいた価値観の幅が広がります。
内省はどう行えばいいですか?
固定観念を疑います。うまくいかなかった理由や、違う形で成功している人を研究し、とらわれを解放します。
成人発達理論を使うときの注意点は何ですか?
他者のランク付けに使わないことです。攻撃の道具にすると暴力的になるため、自分の成長の補助線に留めます。
360度フィードバックは何回やるといいですか?
継続が有効です。最初に受け、リーダー育成を経て半年後や1年後に再度取り、変化を見ていくと成長が分かります。
まとめ
- 上に立つ人の成長が止まるのは能力でなく、成長の補助線を持っていない構造が原因です。
- 成長にはスキルの水平的成長と、人の器を広げる垂直的成長の2軸があります。
- キーガン博士の5段階モデルは、利己的から自己変容へと段階的に器が広がる過程を示します。
- 段階の移行には、孤独や成功パターンの手放しといった成長痛が必ず伴います。
- 器を広げるには、他者の眼鏡を借りる・アウェイに身を置く・深い内省の3つが有効です。
成長段階を他者のランク付けや攻撃に使うのは避け、あくまで自分の成長の補助線として活用してください。自己否定ではなく大人の階段を登っていると捉えることで、より大きな器を持つ自分らしいリーダーになっていけます。まずは自分が今どの発達段階にいるかを一度見つめ、匿名のフィードバックなど他者の眼鏡を一つ借りてみてください。
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