業績は好調で数字も伸びている。給料もしっかり払っている。それなのに、なぜか優秀な社員から順に辞めていく。こんな会社を伸ばしてくれたエースがある日突然「燃え尽きました」と去っていく。経営者からすれば「こんなに伸びていて給料も払っているのに、なぜ辞めるのか」と理解に苦しむ状況かもしれません。
この現象の原因は、社員個人のやる気や忠誠心にあるのではありません。業績が好調なときだからこそはまりやすい「組織の沼」に、会社全体が飲み込まれているのです。成長期に落ちやすい罠が構造として組織に埋め込まれ、感度の高い優秀な人ほど先にそれを察知して去っていきます。本記事では、業績好調時に組織を飲み込む10の沼と、その打ち手を整理します。
現象のメカニズム
業績が好調な会社は、大きく2つに分かれます。業績好調で社員が残っていく会社と、業績好調なのに社員がどんどん抜けていく会社です。両者を分けるのは、業績そのものではなく組織の作り方にあります。
ビジネスには「導入→成長→停滞→衰退」というライフサイクルがあります。市場が伸びている場に乗ってガッと成長するとき、業績は良くても組織作りが追いついていないケースが多く発生します。昔の組織の形のまま、エースの頑張りでなんとかしている状態です。
この組織作りが追いつかないと、成長したところで組織がボトルネックになり、一度業績が落ちます。そこで組織を作り直してもう一度伸びるか、あるいはそのまま組織が崩壊するか、道が分かれます。伸びる会社は先手を打ち、社員数が30人から100人、100人から300人へと変わる前に組織構造を変えています。
ここで見落とされやすいのが、業績好調そのものが問題を覆い隠してしまう点です。売上が伸びているあいだは、無駄な仕事も属人的な運営も曖昧な評価も、すべて成果の陰に隠れます。経営者は順調だと感じ、根本の課題に着手しないまま時間が過ぎていきます。そして市場の追い風が止んだとき、隠れていた問題が一気に表面化します。
もう一つの特徴は、危険を最初に察知するのが優秀な社員だという点です。センサーが高い人ほど「この会社のやり方は変わってきた」「風向きが変わった」と気づきます。その声が上に届かず、あるいは届いても無視されると、感度の高い人から順に静かに去っていきます。組織に残るのは、変化に鈍感な人だけになりかねません。
3つのマネジメントという全体像
ビジネスは3つのマネジメントをバランスよく戦略的に回す必要があります。1つ目は業績のマネジメント(パフォーマンスマネジメント)、2つ目は組織作りのマネジメント、3つ目は人のマネジメント(ピープルマネジメント)です。
組織が拡大しているときは、業績のマネジメントは非常に良い状態にあります。顧客のニーズにはまり、時代の潮流にも乗っているからです。しかしこのとき、組織作りのマネジメントが追いつかず、昔のままの形でエースの頑張りに依存する状態になりがちです。
さらにマネージャーが忙しくなると、人のマネジメントがおろそかになります。人のモチベーションやエンゲージメントを扱う時間が取れず、とくにチームワークが必要な仕事では、ここがボトルネックとなって組織が崩壊することがあります。3つのマネジメントのうち、業績以外の2つが遅れる点に注意が必要です。
組織作りが仕組み化されている会社は、規模が大きくなるほど利益率が上がります。逆に属人的な運営のままだと、組織は大きくなるほど利益率が落ちます。パワーのある人が属人的に引き上げてなんとかするやり方は、ある程度の規模までは通用しますが、そこから先には進めません。利益率は組織作りが機能しているかどうかのバロメーターになります。
背景にある心理と前提
経営者の多くは「これだけ伸びていて給料も払っているのに、なぜ辞めるのか」「あいつらもったいない」と考えます。しかしこれは問題の本質が見えていない状態です。成長し業績が好調なときだからこそ落ちやすい罠が存在します。
組織には遠心力と求心力の両方が働きます。リモートワークや「業績を上げていればいい」という個人プレーは遠心力を強めます。組織が大きくなるほど、求心力をどう持たせるかを意図的にデザインする必要があります。トップが夢を語るだけでなく、中間管理職がそれを日常的に語り続け、思いの交換ができるかどうかが鍵になります。
業績好調時に組織を飲み込む10の沼
| No. | 沼の名前 | 起きること |
|---|---|---|
| 1 | 過去の勝ちパターンが思考停止を生む沼 | 状況変化に気づけず古いやり方を続ける |
| 2 | 何のためを語る時間が消える沼 | 志やビジョンが薄れ機械的な組織になる |
| 3 | たまたまの好調を実力と勘違いする沼 | 耳の痛い声を聞かず組織が硬直化する |
| 4 | ブルシットジョブの正当化の沼 | 無駄な仕事が増え組織がメタボ化する |
| 5 | できる人に仕事と責任が集中する沼 | エースが燃え尽き利用された感覚を持つ |
| 6 | 波が立たないのを良好と履き違える沼 | 健全な衝突が消え意見が出なくなる |
| 7 | 今稼げてるからAIは後回しの沼 | 新しい技術への投資が止まる |
| 8 | うちの会社は安泰だという依存の沼 | 社員に依存心が生まれ自律性が下がる |
| 9 | 全員頑張ったという評価の沼 | 成果を出した人が報われず馬鹿らしくなる |
| 10 | 拡大する組織に器が追いつかない沼 | トップが昔のやり方のまま限界を生む |
過去の勝ちパターンが思考停止を生む沼
誰でも勝ちパターンは再現したくなり、固執してしまいます。昔うまくいったやり方を、時代が変わっても続けてしまう罠です。U理論でいう「ダウンローディング」、つまり過去の再生産にあたります。
勝ちパターンにまだ勢いがあるうちにガッと行くのは問題ありません。危険なのは、伸びている最中に風向きが変わってきたときです。テクノロジーの進化でスピードが速くなり、勝ちパターンが効く期間はどんどん短くなっています。常に次の勝ちパターンを探している状態でないと健康的とは言えません。
何のためを語る時間が消える沼
忙しくなると目の前のことに追われ、「そもそも何のためにやるのか」を話す時間が消えます。こなすことで頑張った気持ちにはなりますが、志やビジョン、夢が伝播しない機械的な組織になっていきます。
立ち上げ期は「他にはできないこんなことをやろう」という思いが共有されていても、人が増えると勝ち馬に乗ろうという人が集まり、「何のために」が薄れます。人と人とのエモーショナルなつながりが失われるとドライになり、条件のいいところへ転職していきます。
たまたまの好調を実力と勘違いする沼
市場が伸びている場にガッと乗ったとき、リーダーは自分の実力が上がったと勘違いしがちです。とくに初めての成功や過去に成功経験がない人は、この沼にはまりやすくなります。
自己効力感が上がること自体は悪くありませんが、他の人の声が聞けなくなるのが問題です。耳の痛いことを言う部下を遠ざけ、周囲がイエスマンで固まると組織は硬直化します。そしてセンサーが高い優秀な人ほど辞めていきます。うまくいっているときほど謙虚さが求められます。
ブルシットジョブの正当化の沼
ブルシットジョブとは無駄な仕事を指します。利益が出て組織が伸びていると気持ちが大きくなり、無意味な会議や無駄なコストに対する意識が下がります。「儲かっているからこれもやろう」と無駄を増やしてしまうのです。
これを続けると組織はメタボ化し、価値を生まない時間が増えます。メンバーは危険を察知して去っていきます。「大丈夫だ、儲かっているから」というマジックワードで思考が止まり、組織を筋肉質に強くするPDCAが回らなくなります。とくに中間管理職や若手が同じことを言い出したら危険です。
できる人に仕事と責任が集中する沼
業績が伸びると仕事が増え、人を増やしても教育コストがかかってすぐには戦力になりません。結果としてエースに過度な負担が集中します。最初は一緒にやっていた気持ちが、「自分だけ貧乏くじを引いたのではないか」に変わった瞬間に終わりが来ます。
できる人には超プレイヤータイプとマネジメントタイプの2パターンがあります。優秀でマネジメントもできる人にプレイングマネージャーとして両方を高い目標とともに課すとパンクします。エースには何をしてほしいのかを集中させることが大切です。個人で成果を出すより組織を強くできるならマネジメントを任せ、業績は上がらなくても面倒見が得意な人には育成のミッションを与えます。
そしてエースには、取りこぼしそうな事務作業を担うアシスタントをつけます。「エースなんだから何でもやれ」ではなく、会社全体としてどうすれば最適に回るかを応援している姿勢を示すことが重要です。「エースなんだからできるでしょう」と依存させると、会社の数字のために消費されているという感覚を生み、離職の引き金になります。
波が立たないのを良好と履き違える沼
喧嘩が起きない状態を良好と勘違いする沼です。伸びて人が増えると、昔は活発だった議論から意見が出なくなります。上は自信満々になって下の声を聞かず、下は言っても無駄だと諦め、関係性が変わっていきます。
伸び続ける組織では健全な衝突が起き続けます。ただの喧嘩ではなく、目標達成のために「私はこう思う」と違和感や意見を言い合える状態です。好調で組織が拡大すると言えなくなるのが世の常なので、上司があえて下に降りて自分の弱みをさらけ出すことも大切です。
今稼げてるからAIは後回しの沼
今がいいから新しいものは見なくていい、という思考停止の沼です。AIをはじめ新しい技術への興味関心が失せ、変化に対して臆病になります。本人は弱気のつもりはなく、楽観のうちに思考が止まっています。
稼げていてキャッシュがあるときこそ、次の導入カーブへの投資が必要です。若い世代はAIの激しい変化を毎日肌で感じています。一人で複数人分の業務を動かす、AIエージェントが自動でマネタイズするといった情報を下の人は知っていても、上の人は知りません。若い人から学ぶ姿勢が求められます。
うちの会社は安泰だという依存の沼
大手病とも言える沼です。会社が良くなってから入ってきた社員は「会社がやってくれる」という依存心を持ちやすくなります。初期のハングリー精神ではなく、整っていると思って入ってくるためです。
会社の看板が強くなるほど、社員一人ひとりの「自分で稼がなければ」という意識は減ります。ビジネスモデルがうまくいくほど考えなくてよくなるからです。だからこそ次の仕込みが必要ですが、ビジネスの寿命は短くなっています。昔は20年持ったモデルが、今はそうではない点が難しい問題です。
全員頑張ったという評価の沼
業績が伸びて「全員頑張った」とばらまきの評価をする沼です。賞与の配分はそれでよくても、人事評価まで曖昧にすると問題が起きます。成果の8割を出した人、仕組みを作った人、ぶら下がっているだけの人に差がつかなければ、頑張っている人は馬鹿らしくなります。
これは知らず知らずのうちに、思いを持ってやっている人を侮辱する構造になっています。賞与の配分と評価は別の話として切り分ける必要があります。評価はフェアに行うことが、成果を出す人をつなぎとめる前提になります。
拡大する組織に器が追いつかない沼
トップの人間的な器が組織の成長に追いつかない沼です。少人数で飲みに行って関係を作っていた人が、組織が100人、300人になると昔のやり方でマネジメントできなくなります。「俺について来い」だけではメンバーのやる気は出ません。
成人発達理論でいえば、「俺について来い」という段階から、自分と違うタイプの人をリスペクトし活躍してもらえる器へと進むことが求められます。会社は社長の器で決まると言われるように、経営者は自分を謙虚に見つめ続け、組織がうまくいかなければ全部自分の責任だと思える姿勢が大切です。
解決策・打ち手
組織作りの仕組みに先手を打つ
社員数が30人から100人、100人から300人へ変わるタイミングを見越し、組織構造を先に変えます。マネージャーの役割も変わるため、仕組みやインフラを整え、管理職の意識を変え、役員が現場仕事を手放して権限委譲します。権限委譲の仕組みやルール作り、曖昧だった人事の明確化を先手で進めることが重要です。
ピープルマネジメントのスキルを付与する
マネージャーが忙しくて人のマネジメントができない状態を放置しないことです。マネージャーにピープルマネジメントの大切さを教え、スキルを付与する研修を定期的に行います。とくにチームワークが必要な仕事では、ここがボトルネックになると組織が崩壊するため注意が必要です。
エースに集中と受け皿を用意する
できる人のタイプを見極め、プレイヤーには成果に集中させ、マネジメント型には組織を強くする役割を任せます。育成が得意な人には育成のミッションを与えます。エースには取りこぼしそうな作業を担うアシスタントをつけ、依存させず会社全体で最適に回る形を作ります。
健全な衝突が起きる場を作り直す
意見が出なくなった会議のやり方を変えます。上司が下に降り、自分の弱みをさらけ出すことも含めて、違和感や意見を言い合える関係性を取り戻します。ただの喧嘩ではなく、目標達成のための健全な衝突が起き続ける状態を意図的に作ります。
人を増やす前に無駄な仕事を減らす
人が増えるたびに「やった方がいい」クラスの仕事を増やすと、本業に注力できず全然楽になりません。人を増やすとコミュニケーションコストもマネジメントコストも増え、目が行き届かなくなります。難易度の高い仕事をいきなり任せられず「とりあえずこれやっといて」と無駄な仕事を作ってしまうのです。仕事を戦略的に、いつまでにどうやるかを明確にし、成果と貢献が見える状態を作ることが先です。
明日から着手する順番
- エース社員を3名思い浮かべ、彼らが仕事に目を輝かせて語っていた姿を最後に見たのがいつかを確認します。1か月以上見ていない、あるいは思い出せない場合はケアが必要です。
- 担当者やエースが抜けたら終わってしまう仕事がいくつあるかを数えます。ほとんどであれば属人的すぎて組織作りが機能していない状態です。
- 賞与の配分と人事評価を切り分け、成果を出した人がフェアに報われる評価に見直します。
- 組織構造・権限委譲・人事の明確化など、組織作りの仕組みに先手で着手します。
- マネージャー向けにピープルマネジメントのスキルを付与する研修を定期的に組み込みます。
よくある質問
業績が好調なのに社員が辞めるのはなぜですか?
成長時だからこそはまる「組織の沼」が原因です。会社は業績好調で社員が残る会社と、好調なのに抜ける会社の2つに分かれます。
組織の沼はいくつありますか?
本動画では10の沼を挙げています。過去の勝ちパターンへの固執から、拡大する組織に器が追いつかない沼まで、成長期特有の罠です。
給料を上げても社員が辞めるのはなぜですか?
給料は問題の本質ではないからです。志の共有不足やエースへの負担集中など、構造上の沼が原因で優秀な人ほど去っていきます。
ビジネスに必要な3つのマネジメントとは何ですか?
業績のマネジメント、組織作りのマネジメント、人のマネジメントの3つです。組織拡大時は業績は良くても他の2つが遅れがちです。
過去の勝ちパターンにこだわるとなぜ危険ですか?
状況変化に気づけなくなるためです。技術進化でパターンが効く期間は短くなり、常に次の勝ちパターンを探す状態でないと健康的ではありません。
U理論のダウンローディングとは何ですか?
過去の再生産をする罠のことです。うまくいったやり方を状況が変わっても続けてしまう、思考停止の状態を指します。
できる人に仕事が集中するとどうなりますか?
エースが燃え尽きます。「自分だけ貧乏くじを引いた」「利用されている」と感じた瞬間に、離職や転職活動につながります。
優秀な社員が2タイプいるとはどういう意味ですか?
超プレイヤータイプとマネジメントタイプの2つです。両方を高い目標とともに課すとパンクするため、役割を集中させることが有効です。
ブルシットジョブとは何ですか?
クソ無駄な仕事のことです。好調時に無駄への意識が下がり、無意味な会議やコストが増えると組織がメタボ化していきます。
波風が立たない組織はなぜ危険ですか?
健全な衝突が消えているためです。伸び続ける組織では意見や違和感を言い合える状態が続き、それが失われると硬直化します。
AIへの投資を後回しにするとどうなりますか?
次の成長カーブに乗り遅れます。稼げてキャッシュがあるうちに投資しないと、感度の高い人から抜けていく可能性があります。
会社の看板が強くなると社員はどう変わりますか?
依存心が生まれます。「会社がやってくれる」という意識が増え、初期のハングリー精神を持つ自律型の社員が去りやすくなります。
全員に同じ評価をつけると何が問題ですか?
成果を出す人が報われないことです。8割の成果を出した人と何もしない人に差がつかないと、頑張る人が馬鹿らしくなります。
賞与と人事評価は分けるべきですか?
分けるべきです。賞与の配分をならすのはありでも、評価まで曖昧にすると成果を出した人を侮辱する構造になります。
社長の器が組織に追いつかないとどうなりますか?
組織の限界を生みます。少人数向けのやり方のままでは100人、300人規模のマネジメントができず成長が止まります。
成人発達理論とリーダーの器はどう関係しますか?
「俺について来い」の段階から、違うタイプの人をリスペクトし活躍させる段階へ進むことが求められます。器の成長が必要です。
エースの志が残っているか確認する方法はありますか?
エース3名が仕事に目を輝かせて語った姿を最後に見た時期を思い出します。1か月以上見ていない場合はケアが必要です。
組織が属人的かどうかを見分ける方法はありますか?
担当者が抜けたら終わる仕事の数を数えます。ほとんどなら組織作りが機能しておらず、半分でも属人化がかなり残っています。
組織作りができると利益率はどうなりますか?
規模が大きくなるほど利益率が上がります。逆に属人的なままだと組織は大きくなるほど利益率が落ち、給料も上がりにくくなります。
新しく入った人にはどう仕事を任せればよいですか?
失敗を前提に一部を切り出して徐々に増やします。難易度が高い仕事を丸ごと任せず、ドラフト作成など許される段階で渡します。
まとめ
- 業績好調時に社員が辞める原因は個人ではなく、成長期特有の組織構造の沼にあります。
- 組織を飲み込む沼は、過去の勝ちパターンへの固執からトップの器の限界まで10種類あります。
- ビジネスは業績・組織作り・人の3つのマネジメントで成り立ち、拡大時は後者2つが遅れます。
- エースへの負担集中と評価の曖昧さは、優秀な社員の離職に直結します。
- 後手ではなく先手を打ち、組織作りの仕組みとピープルマネジメントに投資することが重要です。
まずはエース社員3名の姿を思い浮かべ、彼らが目を輝かせて仕事を語っていたのがいつかを確認するところから始めてみてください。
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